【完結】セ・ン・セ・イ
一応俺はなんとか抵抗を試みた。

2人で話したいことがあるとか、彼女はハンバーガーが食べたいんだとか。


だが前者は母によって「恋バナなら母さんにも聞かせなさい」と(そうじゃないと慌てふためく俺を朱莉が笑いこけてうやむやになった)、後者は朱莉によって「やっぱりピザが良い」と弾かれて、結局何の効果もなさなかった。


で、何故か今、寛ぎの空間であるはずの自宅のリビングが、制服にエプロン姿(制服が汚れるからと母が貸した)の元生徒と母親(しかもこの2人初対面)に囲まれてピザをつつくと言う、非常に居心地の悪い空間に変貌を遂げている。


……カムバック、ワッフル。

ハンバーガーでも良い。

しかし既に俺の右手には香ばしいジャンクな匂いぷんぷんのピザがつままれていて、心労とともに押し寄せた空腹には抗いがたく、呆気なく白旗を上げる。

うん、ピザ、旨い。


「……で」

と、まだ咀嚼中のピザを飲み込みもせずに会話を進めようとするのは、この中で一番空気を読まない術と人生経験に長けた母だ。

せめて口の中が空になってからにして欲しかった。


「2人で話したいこととは一体なんぞ」

そして普通に話してもらいたい。

なんだ、『なんぞ』って。

そもそも『2人で話したいこと』を、3人で話してどうする。


チラリと朱莉を見やると、既にピザを2切れ食べて腹が満たされたのか、丁寧に紙ナプキンで口を拭っている。

そして

「隼人さんがクビになった理由、とかですかね」

親の前だからかごく自然に俺を名前で呼んでにこりと笑った朱莉に対し、

「ああ、やっぱ手ぇ出された? 報復するなら手伝うよ」

……実の息子を何だと思っているのか、母。
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