チョコレートなんか大嫌いっ
翌日――

スッキリとした朝だった。
こんなに清々しい朝は入学式以来かもしれない。

なんでもない景色なはずなのに初めて見るような不思議な眩しさを覚えた。
おかげで足取りが軽かったからかいつもよりもずっと早く学校に着いてしまった。

『あ、真紀ちゃん』

後ろから声を掛けられた。
振り替えるとサラサラの茶色い髪が日の光でキラキラ輝いていた。

『ぁ…』
『おはよ。葵の兄の柊だよ。覚えてる?』
『は、はい』
『良かった』

同じ学校だったんだ。
知らなかった。
いつもうつ向いて歩いていたからなんにも見えていなかったんだ。

『真紀ちゃん、ちょっと聞いてもいいかな?』
『ぁ、はい』
『髪の毛、最後に切ったのはいつ頃?』
『ぇ…』

いつだろう。
思い出せない。
きっとすごく前だと思う。
それでも別に困らなかったから気にしたことがなかった。

私が戸惑っていると柊さんはふっと笑った。
と同時に突然頭に暖かい感触を感じた。

『綺麗な髪だね』

そう言いながら柊さんがぽんと私の頭に優しく手を置いていた。
そのまま髪をなぞるように手が滑る。

男の人に触れられたことなど初めてで体温が急上昇し、心臓がドクドクと主張を始めた。
戸惑いから視線が定まらない。
暖かい手の感触は一瞬にして私から冷静さを奪ってゆく。

『あ、ごめんね』

急に暖かさが無くなった。
安心したような寂しいような、複雑な感情が芽生えた。

『いきなりごめんね。俺、美容師の修行してて髪の毛触るの好きなんだよね』
『ぁ…』
『真紀ちゃんの髪があまりに綺麗でつい』
『え』
『すごく綺麗だよ。初めて会った時からずっと気になってたんだ』
『……っ』

またしても、心臓が早鐘を打つ。
顔が火照ってきておそらく私はゆでダコのように赤くなっている。
まるで告白のようなその甘い台詞に
初めて人から言われたそのフレーズに
勘違いしてしまいそうだった。

ただ髪の毛のことを誉められたに過ぎないのに、私はおそろしいほど誉められることへの耐性がないのだ。
そんな私の反応が滑稽だったのか、柊さんはまた綺麗な笑みを浮かべた。

『ふふ、良かったら俺に真紀ちゃんの髪の毛を切らせて貰えないかな?』
『へ?』
『綺麗さを引き立たせるように魅力的に仕上げてあげるよ。また店においで』

その時、チャイムが鳴った。
返事を返すことも出来ないまま、慌てて柊さんと別れた。
とにかくいっぱいいっぱいな時間だった。
正直チャイムが鳴ってくれて救われたような気がした。
今、起こったことがなんなのか頭の中のコンピューターはエラーばかりで正しい答えを教えてくれない。

ただ1つはっきりしていることは
あのまま彼と一緒にいたら私の心臓は爆発していただろう。
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