チョコレートなんか大嫌いっ
教室内は生徒たちの話し声で賑やかだった。
お陰で最後に入ってきたであろう私は目立たずに入ることが出来た。

教室を見回すと出入口近くの後ろから二番目の席だけが空いていた。
無言でその席に座る。

私は幼少期をこの土地で過ごしたが、すぐに父の転勤で引っ越した。
もう何年もここには来ていなかったのだが、このところ病気がちな祖母を心配して同居することになったのだ。
父は勤め先を変えるわけにはいかず単身赴任で離ればなれで暮らしている。

そんなわけで、地元とはいえ私には友達がいない。
教室の生徒たちはほとんど顔見知りのようで居心地が悪かった。
しかし、そんな時間もそう長くは続かなかった。

『席つけー』

あんなにうるさかった生徒たちが一気に静まり姿勢を正し始める。
もし迷いに迷って今遅れて教室に入っていたらと考えたらゾッとするほどの静けさだった。

担任は池田先生という体育教師らしい。
ジャージ姿でいかにもという感じだ。

好きな食べ物はゆで卵とか、
空手・柔道・剣道合わせて10段とか
どうでもいい情報を教えてくれた。

私は好きじゃないけど、なんとなく人気な先生なんだろうなと思った。

その後、定番の苦痛な時間がやってきた。

『よし、じゃあ1番前から自己紹介を始めるぞ』

自己紹介――
クラス全員の注目を浴びる地獄の時間がやってきた。
嫌だ嫌だと思えば思うほど残酷にも順番はあっという間に回ってくる。

『ぁ、あの……
た、高木です。よろしくお願いします』

ぼそぼそとした小さな声しか出なかった。
でも私にしては頑張ったほう。
これが精一杯だった。

『なんだ、高木。それだけかー?まあいい。高木は高校からここに越してきてるからお前らみたいに知った顔が居なくて不安だと思う。みんな仲良くしてやれよ』
『はーい』

これ以上の自己紹介を求められずに済み安心して一気に脱力した。
思っていたよりもいい先生なのかもしれない。

ようやく自己紹介も残すところ窓際の列のみとなった。
そのまま窓際に目をやると前から二番目に見覚えのある後頭部を見つけた。
さっきの桜の君!

彼が立ち上がった。
『深沢拓海です!』

振り返った顔に見覚えがあった。
八重歯がやんちゃさを強調させてるかのような明るい笑顔。
私には憎らしいあの笑顔――
< 3 / 34 >

この作品をシェア

pagetop