背徳と僕
例えば今やっているチェス。

ある日の学校の昼休み、僕はチェスの指南書を机に広げて、問題にぶつかっていた。

『この3つの駒を使用し、キングを5手で追い詰めるにはどう動かせばよいだろう?』

母が持たせてくれた弁当をつまみながら首をかしげていると、前の席に座る背徳がこちらを振り向いて、ジャムパンをかじりながら、ぼけーっと僕の指南書を眺めているのに気づいた。

僕と同じ高校に編入した彼女はここらではあまり見ないそのきれいすぎる顔のせいで男子生徒からは舐めるような目付きで見られ、女子生徒からは嫉妬と羨望のの入り交じった視線にさらされ、クラスにうまく馴染むことができていなかった。

僕もどちらかというと大勢でいるよりも一人でのんびりとしているほうが好きだったので、一人同士、以前から知り合いだったこともあり、気がついたら一緒にいることが多くなっていた。

「チェス、分かるの?」

と、僕。

「丸いのはあんまり使えない。馬みたいなのは変な動きかたをして、こいつはすごく優秀だ。」

背徳はポーン、ナイト、クイーンを順に指差して、言った。

「さっきから君の本を見ている限り、だいたいそんな感じだと思うのだが。」

僕が全ての駒の名前と、駒の大体の動きかたを教えると、彼女はそれをすんなりと覚え、しかも僕がぶつかっていた問題をあっさり解いてしまった。

それからというもの、僕らは暇さえあればずっとチェスの指南書に記された問題を解き続けた。

たまに、解き方を巡り、彼女と意見が食い違うときもあったが、そんなとき彼女はきちんと自分の意見を主張しつつ、僕の考えも尊重した。

必ずどうしてそう思うのかと理由を尋ねてきて、それをじっくり聞いた。

僕は彼女のそんなところにも好感を抱いたのだった。

こうして僕らは良き理解者同士となった。
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