背徳と僕
「男子生徒から四六時中粘っこい視線を浴びせられるのが羨ましいの。変わってるね、母さん。」

僕が嫌味っぽく言うと、母は、何よ、それ、と眉をひそめた。

「じゃあ、あんたもその、背徳ちゃんに四六時中粘っこい視線を浴びせてる男子生徒の一人ってわけ。」

母がからかうように言う。

くだらぬ、と僕は鼻で笑い、味噌汁を啜った。

「あんた、そこまではいかなくとも、あのきれいな顔に、なあんにも感じなかったらね、あんたの血液はトマトケチャップよ。」

「トマトケチャップ!!」

僕は笑った。

母が呆れている。

「何がおかしいのよ。私は心配してるのに。高校二年生、いや、来年は三年生になろうとしている息子が、異性にちーとも関心を持たなくて、悩んでるのに。」

僕は黙って煮魚の骨取りに精を出した。

彼女の顔についてだが、僕も一応は男なので、綺麗だなあとは思う。

でも、それだけだ。

別にずっと見ていたいとか、自分のものにしたいとか、思春期によくありがちな熟れすぎた果実のような、ぐずぐずとひたすら甘ったるい感情の有無について聞かれたならば、僕ははっきりノーと言える。

僕がずっと見ていたいのは、彼女のチェス駒の動きだだけだ。あの美しさに比べたなら、顔など。

「冷めないうちに食べてよね。」

母が何かぶつぶつ言っている。

箸先で煮魚がぐずぐずにされてゆく。

全身をトマトケチャップが流れる僕の頭は再び背徳の美しきチェスでいっぱいに埋め尽くされる。
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