壊れた玩具は玩具箱に捨てられる
セルジオが出てから、十分ほど経った。もうすぐ焼けるかな、などと呑気に考えていた。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
突然、宮殿内に悲鳴が響き渡った。男の声だ。読み掛けの本を置いて声のした方へ走って行った。声のした方…それは調理場であった。嫌な予感が再びジェロディの中で渦巻いた。調理場の入り口には召使い達が集まっていた。調理場へ入ろうとすると、その場にいた召使いに止められた。
「ジェロディ様!見てはなりません!」
人間、見るなと言われれば見たくなる。制止を振り払い、群衆の合間を縫って前へ出た。それを見て、ジェロディは目を見開いた。瞬時に言葉が出なかった。
調理場のその一角だけ、一面に血が飛び散っていた。清潔感のある白は、黒ずんだ赤へと変色している。辺りに調理器具は無いのに、赤黒いシンクの上にはミートパイが置いてあった。やけに、色が濃い。驚きとショックで麻痺していた嗅覚が戻ってきた。途端に、吐き気を催す腐敗臭がした。短く呻き声をあげ、口を押さえる。
「…ううっ(…なんだ、この腐敗臭…こっそり飼っていたハムスターが死んだ時の亡骸の臭いとは比べ物にならない…!)」
その場に漂う臭いは腐敗臭だけでは無かった。何かが焼けたような、焦げたような臭いもしていた。
「(…まさか!)」
不本意だが臭いにも慣れ、その場で動けるようになっていた。召使い達は、まだショックで硬直している。大股でミートパイの方へ近寄る。臭いの元は、ミートパイのようだった。ミートパイは、白い皿の上に乗っていた。赤黒いシンクの中の唯一の白は、不気味に見えた。皿の下には、裏返された小さなカードが挟まっていた。それを引き抜き、恐る恐る表を見た。
" あなたの大好きなセルジオのミートパイよ "
カードには、そう書かれていた。一見すると、普通の文。だが、ジェロディはその言葉の真意に気付いた。
「セル…ジオ…」
セルジオのミートパイ…つまり、セルジオで"作った"ミートパイ。セルジオは、このカードの送り主に殺され、ミートパイにされてしまったのだ。ジェロディは、怒りの形相で群衆を睨んだ。カードを高々とあげ、張った声で叫んだ。
「このカードを仕込んだ奴は誰だ!!仕込んだ奴が犯人だ…!」
召使いの一人が、おずおずと尋ねた。
「あ、あのぅ…ジェロディ様、犯人とは…?」
召使い達は、ミートパイの真実に気が付いていない。これを目撃してから数秒で一人の召使いは悲鳴をあげた。その悲鳴で、恐らく他の召使い達は飛んできただろう。なのに、離れたジェロディが来るまで誰一人として調べなかったと言う事実に、ジェロディは怒りを覚えたが、ぐっと堪えた。
「…このカードを見てください。"セルジオのミートパイ"…普通の状況なら、セルジオ"の作った"ミートパイだと考えるだろう…ですが、今の状況は普通ではない。辺り一面に飛んだ血、腐敗臭…この状況なら、セルジオ"の作った"ミートパイではなく…『セルジオで作ったミートパイ』の方が…しっくり来る」
落ち着いた、しかし威圧感のある声で説明する。一度目を伏せてから、開く。そして、静かに威嚇するような視線を群衆に向け、口を開いた。
「…その上で、もう一度問います…このカードを仕込んだ奴は誰だ?」
名乗りを挙げるものはいない。長めの溜め息を吐くと、ジェロディの前に跪く男があった。一度瞬きをしたその瞬間に現れた男。ロベルトだった。ジェロディは謎の多いこの男…女の時もあるが…は、少し苦手だった。
「…ロベルト、まさかあなたが仕込んだのか?」
男は首を横に降る。次の質問をしようと口を開き掛けたとき、ジェロディは首に鈍痛を感じ、意識が途絶えた。いつの間にか背後に回っていたロベルトに当て身をされていた。召使い達はどよめいたが、執事長であるロベルトの言葉で頷いた。
「…ジェロディ様は、まだお若い。この状況を受け入れるのは、至難だろう…少々乱暴ではあるが、これは…"なかったことにする"…仕事場に戻れ」
その言葉で、召使い達は控えめに仕事場に戻っていった。ロベルトは気を失っているジェロディを寝室に運んだ。血の付着した衣服を着替えさせ、ベッドに寝かせる。
寝室から出ると、調理場の血の処理に向かった。血と言うのは、空気に触れると固まり、床などだとこびりついて中々取れない。特有の鉄臭もきつい。雑巾やモップで拭き取り、臭い消しまでするのは時間がかかった。
「…主はもう少し、後始末の事まで考えて欲しいな…」
ぼそりと、そう呟いた。
「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
突然、宮殿内に悲鳴が響き渡った。男の声だ。読み掛けの本を置いて声のした方へ走って行った。声のした方…それは調理場であった。嫌な予感が再びジェロディの中で渦巻いた。調理場の入り口には召使い達が集まっていた。調理場へ入ろうとすると、その場にいた召使いに止められた。
「ジェロディ様!見てはなりません!」
人間、見るなと言われれば見たくなる。制止を振り払い、群衆の合間を縫って前へ出た。それを見て、ジェロディは目を見開いた。瞬時に言葉が出なかった。
調理場のその一角だけ、一面に血が飛び散っていた。清潔感のある白は、黒ずんだ赤へと変色している。辺りに調理器具は無いのに、赤黒いシンクの上にはミートパイが置いてあった。やけに、色が濃い。驚きとショックで麻痺していた嗅覚が戻ってきた。途端に、吐き気を催す腐敗臭がした。短く呻き声をあげ、口を押さえる。
「…ううっ(…なんだ、この腐敗臭…こっそり飼っていたハムスターが死んだ時の亡骸の臭いとは比べ物にならない…!)」
その場に漂う臭いは腐敗臭だけでは無かった。何かが焼けたような、焦げたような臭いもしていた。
「(…まさか!)」
不本意だが臭いにも慣れ、その場で動けるようになっていた。召使い達は、まだショックで硬直している。大股でミートパイの方へ近寄る。臭いの元は、ミートパイのようだった。ミートパイは、白い皿の上に乗っていた。赤黒いシンクの中の唯一の白は、不気味に見えた。皿の下には、裏返された小さなカードが挟まっていた。それを引き抜き、恐る恐る表を見た。
" あなたの大好きなセルジオのミートパイよ "
カードには、そう書かれていた。一見すると、普通の文。だが、ジェロディはその言葉の真意に気付いた。
「セル…ジオ…」
セルジオのミートパイ…つまり、セルジオで"作った"ミートパイ。セルジオは、このカードの送り主に殺され、ミートパイにされてしまったのだ。ジェロディは、怒りの形相で群衆を睨んだ。カードを高々とあげ、張った声で叫んだ。
「このカードを仕込んだ奴は誰だ!!仕込んだ奴が犯人だ…!」
召使いの一人が、おずおずと尋ねた。
「あ、あのぅ…ジェロディ様、犯人とは…?」
召使い達は、ミートパイの真実に気が付いていない。これを目撃してから数秒で一人の召使いは悲鳴をあげた。その悲鳴で、恐らく他の召使い達は飛んできただろう。なのに、離れたジェロディが来るまで誰一人として調べなかったと言う事実に、ジェロディは怒りを覚えたが、ぐっと堪えた。
「…このカードを見てください。"セルジオのミートパイ"…普通の状況なら、セルジオ"の作った"ミートパイだと考えるだろう…ですが、今の状況は普通ではない。辺り一面に飛んだ血、腐敗臭…この状況なら、セルジオ"の作った"ミートパイではなく…『セルジオで作ったミートパイ』の方が…しっくり来る」
落ち着いた、しかし威圧感のある声で説明する。一度目を伏せてから、開く。そして、静かに威嚇するような視線を群衆に向け、口を開いた。
「…その上で、もう一度問います…このカードを仕込んだ奴は誰だ?」
名乗りを挙げるものはいない。長めの溜め息を吐くと、ジェロディの前に跪く男があった。一度瞬きをしたその瞬間に現れた男。ロベルトだった。ジェロディは謎の多いこの男…女の時もあるが…は、少し苦手だった。
「…ロベルト、まさかあなたが仕込んだのか?」
男は首を横に降る。次の質問をしようと口を開き掛けたとき、ジェロディは首に鈍痛を感じ、意識が途絶えた。いつの間にか背後に回っていたロベルトに当て身をされていた。召使い達はどよめいたが、執事長であるロベルトの言葉で頷いた。
「…ジェロディ様は、まだお若い。この状況を受け入れるのは、至難だろう…少々乱暴ではあるが、これは…"なかったことにする"…仕事場に戻れ」
その言葉で、召使い達は控えめに仕事場に戻っていった。ロベルトは気を失っているジェロディを寝室に運んだ。血の付着した衣服を着替えさせ、ベッドに寝かせる。
寝室から出ると、調理場の血の処理に向かった。血と言うのは、空気に触れると固まり、床などだとこびりついて中々取れない。特有の鉄臭もきつい。雑巾やモップで拭き取り、臭い消しまでするのは時間がかかった。
「…主はもう少し、後始末の事まで考えて欲しいな…」
ぼそりと、そう呟いた。