しょっぱい初恋 -短編集-





「未来!」

「……!」




いつの間にか止まっていた足。

校門を出たすぐのところで、どうやら私は地面を濡らしていたようだった。


そしたら、あぁなんてタイミングが悪いんだろう。

まさかあの子を慰めていたあなたが来るなんて思わなかった。


なんて……今この時でも皮肉を言ってしまう自分が憎らしい。




「急に帰るからびっくりしただろ。帰るなら言ってくれたら良かったのに」

「……ないで」

「さ、帰るか」

「来ないで!」

「……未来?」

「来ないで、よっ」




プツンと何かがはじける音がした。それと同時に、私は大声を上げて泣いた。


もういや。
なんで私ばっかりこんな思いをしなきゃならないの。
なんでこんなも上手くいかないの。

私が何をしたっていうの。
頑張ってないわけじゃないのに。

こんなにも頑張ってるのに。なんでよ。

なんで皆の前で泣きじゃくる子供みたいなあの子ばかり評価されるの。

私はいつだって褒められなかった。

周りから一度として褒められたことはないのに。

そりゃもっともっと頑張らなきゃいけないって分かるし、自分は落ちこぼれだってわかってる。


もっともっと努力しなきゃって。




「でも結局周りから認めてもらえないんだったら、努力するだけ無駄じゃない!」




昔からそうだった。

昔から、大きな壁にぶつかることなく生きてきた。

でもそれがいつしか苦痛になっていった。

自分が何でもそこそこにこなすから、周りからもそれが当たり前だと思われた。

それが嫌で、何か一つ人よりも誇れることが欲しくて、陰ながら頑張ってきた。

でもそれ以上に努力してる人なんて山ほどいて、だから結局自分は中途半端なまま。




「もっともっと努力しなきゃいけないって、まだまだ足りないって分かってる……」




自分の考えが甘いってことも、太一に八つ当たりするのは筋違いってことも全部わかってる。

わかってるのよ。


でももう疲れたの。




――ぎゅ……

「……!」

「……馬鹿」

「…っ…」




目元を乱暴に擦った私の背中が、暖かい何かに包まれた。

そしたら自分の頬に柔らかい何かが当たった。




「…っ…」

「最近様子がおかしいからさ」

「……」

「そんなことだろうと思ったよ」

「……なによ」

「お前はな、何もかも自分一人で溜めこみ過ぎなんだよ」




お前が朝会う度にため息を吐いていることは知っていた。

普段あんまり感情を表に出さないお前が珍しくいらいらした様子だったからな。


俺と一緒に居る時が一番酷いし、何も言われずにそんな態度を取られるから俺も正直いらいらした時はあったよ。

でも未来が一人の時いつも泣きそうな顔してたからさ。


あぁ、やっぱり何かあったんだなって。




「未来が言ってくれるまで待っていようと思ったけど、かえって未来を追い込んじゃったみたいだな」

「……」

「ちゃんと受け止めてやれなくてごめん。本当に辛かったんだよな」




悪かった…。

もう一度そう言って、太一は今よりも腕に力を込めた。




「な、んで…」

「……」

「ちがっ…」

「……太一」

「…っ」

「……。俺はね、どんなに疲れてても、いつも遅くまで残って、生徒会も自分の勉強もちゃんとこなして、たったひとりでも朝練行ってシュートの練習してる未来が好きだよ」

「…!」




昔から大きな壁に衝突することもなく、だからこそ何もかもが中途半端で。

人よりも誇れる何かが一つだけでも欲しかった。「よく頑張った」のただ一言が欲しくて、自分なりに頑張ってきた。

太一、私はあなたにほんの少しでも良いから認めて欲しかった。




「な、んで…」

「何でって、そりゃあ俺は未来の彼氏だもん」

「…っ…」

「俺はいつだって未来しか見てないよ」




私はね。

ただ上手くできないからって彼氏の太一にでさえ嫉妬してしまうようなちっぽけな情けない人間なの。

太一がせっかく頭を撫でてくれても、それを払いのけてしまうような可愛げのないまるで子供みたいな女なの。

それでも良いの?って泣きながら言った。

あの子のことを子供だのみっともないだのと思っていたけれど、私も人のこと言えないね。


そんな私の言葉に太一は何て答えたと思う? 彼はただ一言、



「俺も未来無しじゃ生きていけないぐらいの、ただ単純で馬鹿な男だよ?」



そう言った。



「疲れた?」

「…うん」

「まだまだ、溜めてることあるでしょ」

「うん」

「言って。全部聞いてあげるから」

「うん」

「俺をもっと頼って。俺にもっと遠慮せず歩み寄ってきて」

「…っ…」




ごめんね太一、辛く当たって。

本当に本当にありがとね。

太一は私の自慢の彼氏だよ。


太一の腕の中で体を反転させて互いに向き合った。

私はきっと酷い顔をしていたけれど、それよりもまず太一の顔をちゃんとこの目で見ておきたかった。

そこにあったのは前から何ひとつ変わらない優しい目で。

太一は本当に変わらず私を想ってくれてたんだね。


「好き…」と。

そんな当たり前のことが言えなくなったのはいつからだろう。

ギュッと大好きな人を力一杯包んだ私は、子供のように泣きながら「私ね…」と口を開いた。





ただ一言<了>


私が全てを吐き出したあと、太一は頭を撫でながら「よく頑張ったな」と優しく微笑んでくれました。




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