お兄ちゃんの罠に嵌まりまして。
「相変わらず、煩い女だな」
「そんな人と慎君を付き合わせたのは、他でもない貴方です」
「男の前では仮面被ってるからな。良い女に見えたんだよ」
「……腹減った」
夜、お兄ちゃんの帰宅時間に合わせて慎君がやって来た。
来る途中に、コロッケやら惣菜を買って来てくれた慎君。
お兄ちゃんがそれをお皿へと移して温めてる間、豆腐とワカメでお味噌汁を準備。
ビールを取りに、キッチンにやって来た慎君。
「後少しだから」
滅多に言わない事を言われた。
本当にお腹が空いてるのか、それとも沙羅紗さんの話が嫌なのか。
ビール用にグラスを渡して、私はお味噌汁とご飯を運ぶ。
「つーか、疲れてはねぇんだよ」
惣菜が盛られたお皿を運んで来たお兄ちゃんは、気にせず話を続けた。
「俺さ、3日後から出張なんだよ……」
「あそ」
「まーた始まるよ」
慎君に注がれたビールの入ったグラスを手に、悲しみオーラ全開のお兄ちゃんに、私たちは“またか”と呆れるしかない。
商社の海外事業部という花形の部署に居ながら、出張を嫌うお兄ちゃんは、毎度メソメソする。
「たかが1週間なんでしょ?」
「今回は10日だ。10日だぞ!?また心優が火傷でもしたら……っ!!」
ここは舞台か?
お兄ちゃんはミュージカル俳優か。
身振り手振りで唸るお兄ちゃんを前に、私は苦笑いで隣の慎君と顔を見合わせて、お互いに“どうにかして”とアイコンタクトを取る。