今宵、闇に堕ちようか
 5分たらずに、さえこがハナモリの駐車場に戻ってきた。152センチか、153センチくらいの小柄な体つきなのに、ずんずんと歩くスピードには勢いがある。

 厚手の黒いコートに、茶色のニット帽をかぶったさえこが、手袋をしたまま、車の窓をノックする。

 俺が運転席側の窓をさげると、にっこりと笑ったさえこがきらきらした瞳で「ケーキは?」と手をだしてきた。

「は?」
「ケーキ。くれるんでしょ?」

 さらに手を俺のほうに差し出してくる。
 ああ、そうだった。ケーキで呼び出していたんだった。
 俺は窓をあけたまま、車のドアを開けて外に出る。

「ケーキ」とさらにさえこが俺の背後から声をかけてくる。相当ケーキが欲しいらしい。

「やっぱケーキは買ったその日に食べないとねえ」

 ケーキ、ね。俺の意図は違うところにあるけれど、とりあえず、ケーキで警戒心を解くのが一番だな。
 車に鍵をかけると、スーツのポケットに鍵を滑り込ませた。

「結衣ちゃんのほうのケーキ、持ってきて~」とさえこが嬉しそうに口を開く。

「は?」

 俺一人に取りにいかせる気か?

「だって黒野さんのケーキ、みんなの前で渡してたでしょ? あれが冷蔵庫からなくなってたら、みんなが不思議に思うでしょ。だから結衣ちゃんのケーキ」
「斎藤のほうが、高いケーキだしな」
「そうそう。絶対おいしいよぉ」

 さえこが手袋をはめた手を両側の頬にあてて、うっとりした表情になる。食べているところでも想像したのだろう。

「よろしくね!」とさえこが手を振った。
 一人かよ。と、心の中で呟いてから、俺はポケットに滑り込ませた鍵を取り出した。


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