僕の家族
僕の家族
「おはよう、ビリー。今日の朝ご飯は何かなぁ?」
「おはようございます、ジョン君。今朝はいつもどおり、ジャム付きのトーストですよ。」
僕は家庭用のロボット Rt-206 愛称ビリー。家事の手伝いや子供の遊び相手用に開発された。以前はどの家庭にも僕と同じロボットがあったが、今ではもっと高性能な最新のロボットが出回っている。でも、僕のご主人様は新しいロボットを買わずに何年も僕を使ってくれている。
僕がこの家にやって来たのはちょうど十年前。ご主人様の奥さんが赤ちゃんを生んだ日だ。その赤ちゃんがジョン君で、僕はジョン君が赤ちゃんの頃から彼の身の回りの世話をしてきた。それからジョン君にメアリーという妹ができて、僕は四人家族の世話をするのに毎日大忙し。でも、僕はとても幸せなんだ。だって、ご主人様たちはみんな僕のことを本当の家族のように思ってくれているから。
さて、僕の朝はとても忙しい。奥さんが朝食を作るのを手伝って、ご主人様をお見送りして、ジョン君を起こす。ジョン君をバス停まで送ったら今度はメアリーちゃんの着替えをお手伝い。今日もいつもと同じ時間にジョン君を起こした。
「ビリー、今日は学校で算数のテストがあるんだよ。全然勉強してないから心配だなあ。」
「ジョン君なら心配ありませんよ。算数はいつもいい点数をとれるじゃないですか。さあ、急いでください。遅刻しますよ。」
僕は毎日ジョン君たちと幸せに暮らしているけど、最近心配事があるんだ。
「ビリー、あなた最近調子が悪そうだけど、大丈夫?」
奥さんはこの頃毎日僕にそう言う。僕は手先の器用なロボットなんだけど、最近どうも調子がよくない。よく物を落とすし、野菜を切っていてもだんだん切り方がばらばらになっていってしまう。そして、昨日の晩、僕はご主人様が奥さんに話しているのを聞いてしまったんだ。
「このところビリーの調子が悪そうなんだが、大丈夫なのか?」
「もう古いからいつ壊れてもおかしくないんじゃないかしら。」
「そうだな…新しいロボットを買うことも考えておこう。」
僕は、きっと棄てられてしまう。
その時そう思った。
棄てられるというよりも、ジョン君たち家族と離れ離れになるということが悲しかった。でも、しかたがないんだよね。僕はロボットで、みんなは人間なんだから。
仕方がないんだよね...。
僕は、あることを思いついた。棄てられてしまう前に、ロボットが人間からどんな風に思われているのか知りたかったんだ。ただのお手伝い機械か、家族か...。
次の日の朝、僕は動かなかった。壊れた振りをして、リビングに立って何時間も待った。しばらくすると奥さんが慌てて起きてきた。
「ビリー、どうして起こしてくれなかったの?これじゃ会社に間に合わないわ。」
奥さんは朝ご飯の支度を始めながらそう言ったが、僕が何も反応しないのをおかしく思って手を止めた。
「ビリー?」
僕は動かずに様子をみた。
「ビリー、どうしたの?」
奥さんは僕のそばまでやってくると、僕の背中にあるスイッチをオンにした。それでも僕は固まり続けた。奥さんは僕が壊れたんだとわかった瞬間、寝室に駆け込んだ。
「あなた、大変よ。ビリーが動かない!」
奥さんの声が遠くから聞こえてきて、ご主人様がパジャマ姿で寝室から出てきた。
「ビリー、起きなさい。朝だよ。」
ご主人様は僕に話しかけ、僕の体についているボタンをいろいろ押してみた。
「おかしいな、ぜんぜん動かない。本当に壊れてしまったんだ。」
「そんな...ビリーがいなかったら困るわ。早く修理に出しましょうよ。」
ご主人様はしばらく考えてから言った。
「今日は無理だよ。一日だけビリーなしで生活するしかない。早く子供たちを起こして。みんな遅刻してしまうぞ。」
その日の朝はまるで嵐のようだった。ご主人様は朝ご飯を食べずに家を出ていって、ジョン君はスクールバスに乗り遅れた。メアリーちゃんも幼稚園に遅刻。それに、二人とも朝ご飯は焼いてない食パン一枚だけ。奥さんはしかたなく仕事を休むことにした。
みんなが出かけている間、奥さんは一人で家中の掃除や洗濯をしていた。いつもは僕が全部こなしている仕事だ。まるでパニック状態の奥さんを見ていとちょっとかわいそうに思えた。
夕方、みんなが帰ってきた。いつもは僕が作る夕食も今日は奥さんが作った。みんなはおいしいって言っていたけど、牛肉は焼きすぎて固そうだったし、シチューの具はちゃんと火が通ってなくて、みんなゴリゴリと音を鳴らしながら食べていた。
夕食の後、奥さんがご主人様に言った。
「ねえ、やっぱりロボットなしではとても暮らしていけそうにないわ。新しいロボットを買いましょうよ。」
「ああ。賛成だよ。明日は日曜日だ。さっそく店に行こう。」
ご主人様がそう言うと、ジョン君が僕のほうに駆け寄ってきた。そして、僕をじっと見上げると、静かに言った。
「ビリーはどうなるの?」
一瞬、部屋が静まり返った。
「どうするって…捨てるしかないだろう。もう古いんだ。修理に出してもそう長くはもたないだろう。」
ああ、そうか。やっぱり僕は捨てられるんだね。
十年間、この家族のために一生懸命働いてきたけど、結局は捨てられるんだね。
僕は、全機能を完全に停止させる準備を始めた。一つ一つのデータを削除していく...。
完了すれば二度と動けなくなる。
こうやって、考えることも、見ることもできなくなる。
「ビリー、起きてよ。本当は眠ってるだけなんでしょ?ねえ、ビリー。僕は君がいないとだめなんだ。今日、学校で理科のテストがあったんだよ。僕、すごく自信なくて、ビリーに励ましてもらいたかった。だけど、ビリーは壊れちゃって…。僕、今日のテスト0点だったよ。ビリー、もう一度、励してよ...。」
ジョン君は泣いていた。転んでけがをしても絶対に泣かないジョン君が泣いた。僕の目の前で、奥さんは泣いているジョン君を抱きしめた。
「もうベッドに行きましょうか。」
奥さんがそう言ってジョン君を寝室に連れていこうとした。
ジョン君が泣いている。僕のことを想って...。
僕は思い切って声を出した。
「ジョン君は算数は得意なのに理科は苦手ですね。次テストがあるのはいつですか?」
驚いて振り返るジョン君の瞳は涙でいっぱいだった。
「奥さん、シチューを作るときは必ず固いものから入れなくちゃだめですよ。」
家族みんなが驚きと喜びで歓声をあげる。ジョン君はつないでいた奥さんの手を振りほどいて、僕のところに駆けつけると、そのまま飛び込むように抱きついてきた。
「まったく。みなさん僕がいないと何もできないんだから。これじゃあ、しばらくは壊れたくても壊れられませんよ。」
僕は家庭用のロボット Rt-206 愛称ビリー。
とりあえずジョン君が大人になるまでは壊れませんよ。
おわり
「おはようございます、ジョン君。今朝はいつもどおり、ジャム付きのトーストですよ。」
僕は家庭用のロボット Rt-206 愛称ビリー。家事の手伝いや子供の遊び相手用に開発された。以前はどの家庭にも僕と同じロボットがあったが、今ではもっと高性能な最新のロボットが出回っている。でも、僕のご主人様は新しいロボットを買わずに何年も僕を使ってくれている。
僕がこの家にやって来たのはちょうど十年前。ご主人様の奥さんが赤ちゃんを生んだ日だ。その赤ちゃんがジョン君で、僕はジョン君が赤ちゃんの頃から彼の身の回りの世話をしてきた。それからジョン君にメアリーという妹ができて、僕は四人家族の世話をするのに毎日大忙し。でも、僕はとても幸せなんだ。だって、ご主人様たちはみんな僕のことを本当の家族のように思ってくれているから。
さて、僕の朝はとても忙しい。奥さんが朝食を作るのを手伝って、ご主人様をお見送りして、ジョン君を起こす。ジョン君をバス停まで送ったら今度はメアリーちゃんの着替えをお手伝い。今日もいつもと同じ時間にジョン君を起こした。
「ビリー、今日は学校で算数のテストがあるんだよ。全然勉強してないから心配だなあ。」
「ジョン君なら心配ありませんよ。算数はいつもいい点数をとれるじゃないですか。さあ、急いでください。遅刻しますよ。」
僕は毎日ジョン君たちと幸せに暮らしているけど、最近心配事があるんだ。
「ビリー、あなた最近調子が悪そうだけど、大丈夫?」
奥さんはこの頃毎日僕にそう言う。僕は手先の器用なロボットなんだけど、最近どうも調子がよくない。よく物を落とすし、野菜を切っていてもだんだん切り方がばらばらになっていってしまう。そして、昨日の晩、僕はご主人様が奥さんに話しているのを聞いてしまったんだ。
「このところビリーの調子が悪そうなんだが、大丈夫なのか?」
「もう古いからいつ壊れてもおかしくないんじゃないかしら。」
「そうだな…新しいロボットを買うことも考えておこう。」
僕は、きっと棄てられてしまう。
その時そう思った。
棄てられるというよりも、ジョン君たち家族と離れ離れになるということが悲しかった。でも、しかたがないんだよね。僕はロボットで、みんなは人間なんだから。
仕方がないんだよね...。
僕は、あることを思いついた。棄てられてしまう前に、ロボットが人間からどんな風に思われているのか知りたかったんだ。ただのお手伝い機械か、家族か...。
次の日の朝、僕は動かなかった。壊れた振りをして、リビングに立って何時間も待った。しばらくすると奥さんが慌てて起きてきた。
「ビリー、どうして起こしてくれなかったの?これじゃ会社に間に合わないわ。」
奥さんは朝ご飯の支度を始めながらそう言ったが、僕が何も反応しないのをおかしく思って手を止めた。
「ビリー?」
僕は動かずに様子をみた。
「ビリー、どうしたの?」
奥さんは僕のそばまでやってくると、僕の背中にあるスイッチをオンにした。それでも僕は固まり続けた。奥さんは僕が壊れたんだとわかった瞬間、寝室に駆け込んだ。
「あなた、大変よ。ビリーが動かない!」
奥さんの声が遠くから聞こえてきて、ご主人様がパジャマ姿で寝室から出てきた。
「ビリー、起きなさい。朝だよ。」
ご主人様は僕に話しかけ、僕の体についているボタンをいろいろ押してみた。
「おかしいな、ぜんぜん動かない。本当に壊れてしまったんだ。」
「そんな...ビリーがいなかったら困るわ。早く修理に出しましょうよ。」
ご主人様はしばらく考えてから言った。
「今日は無理だよ。一日だけビリーなしで生活するしかない。早く子供たちを起こして。みんな遅刻してしまうぞ。」
その日の朝はまるで嵐のようだった。ご主人様は朝ご飯を食べずに家を出ていって、ジョン君はスクールバスに乗り遅れた。メアリーちゃんも幼稚園に遅刻。それに、二人とも朝ご飯は焼いてない食パン一枚だけ。奥さんはしかたなく仕事を休むことにした。
みんなが出かけている間、奥さんは一人で家中の掃除や洗濯をしていた。いつもは僕が全部こなしている仕事だ。まるでパニック状態の奥さんを見ていとちょっとかわいそうに思えた。
夕方、みんなが帰ってきた。いつもは僕が作る夕食も今日は奥さんが作った。みんなはおいしいって言っていたけど、牛肉は焼きすぎて固そうだったし、シチューの具はちゃんと火が通ってなくて、みんなゴリゴリと音を鳴らしながら食べていた。
夕食の後、奥さんがご主人様に言った。
「ねえ、やっぱりロボットなしではとても暮らしていけそうにないわ。新しいロボットを買いましょうよ。」
「ああ。賛成だよ。明日は日曜日だ。さっそく店に行こう。」
ご主人様がそう言うと、ジョン君が僕のほうに駆け寄ってきた。そして、僕をじっと見上げると、静かに言った。
「ビリーはどうなるの?」
一瞬、部屋が静まり返った。
「どうするって…捨てるしかないだろう。もう古いんだ。修理に出してもそう長くはもたないだろう。」
ああ、そうか。やっぱり僕は捨てられるんだね。
十年間、この家族のために一生懸命働いてきたけど、結局は捨てられるんだね。
僕は、全機能を完全に停止させる準備を始めた。一つ一つのデータを削除していく...。
完了すれば二度と動けなくなる。
こうやって、考えることも、見ることもできなくなる。
「ビリー、起きてよ。本当は眠ってるだけなんでしょ?ねえ、ビリー。僕は君がいないとだめなんだ。今日、学校で理科のテストがあったんだよ。僕、すごく自信なくて、ビリーに励ましてもらいたかった。だけど、ビリーは壊れちゃって…。僕、今日のテスト0点だったよ。ビリー、もう一度、励してよ...。」
ジョン君は泣いていた。転んでけがをしても絶対に泣かないジョン君が泣いた。僕の目の前で、奥さんは泣いているジョン君を抱きしめた。
「もうベッドに行きましょうか。」
奥さんがそう言ってジョン君を寝室に連れていこうとした。
ジョン君が泣いている。僕のことを想って...。
僕は思い切って声を出した。
「ジョン君は算数は得意なのに理科は苦手ですね。次テストがあるのはいつですか?」
驚いて振り返るジョン君の瞳は涙でいっぱいだった。
「奥さん、シチューを作るときは必ず固いものから入れなくちゃだめですよ。」
家族みんなが驚きと喜びで歓声をあげる。ジョン君はつないでいた奥さんの手を振りほどいて、僕のところに駆けつけると、そのまま飛び込むように抱きついてきた。
「まったく。みなさん僕がいないと何もできないんだから。これじゃあ、しばらくは壊れたくても壊れられませんよ。」
僕は家庭用のロボット Rt-206 愛称ビリー。
とりあえずジョン君が大人になるまでは壊れませんよ。
おわり