麗雪神話~麗雪の夜の出会い~
「…泣くなよ…別に、俺は、お前を嫌いになったわけじゃない」

「ひっく、じゃあ、ひっく、なんで、避けるのよ。私は、ヴァルクスと、一緒に、いたいのに…」

ヴァルクスは嘆息した。

「お前は…無自覚にそういうことを言うから…。
お前は幼すぎるんだ。理由があるとしたらそれだ」

「子供だから、子供だから一緒にいたくないの?」

「そうじゃない」

ヴァルクスは不意に真剣な瞳でセレイアをみつめた。

「婚約して、何年経つと思う? 9年だ。
お前はそろそろ、俺の気持ちが聞きたくならないのか?」

「気持ち…?」

不意に唇にやわらかな感触が落ち、セレイアは目を見開いた。

ヴァルクスの前髪の感触や吐息の近さで、セレイアは気が付く。

今のは…

口づけではないかと。

「好きだ」

ヴァルクスは短くそう告げて、自らが濡れるのも構わずセレイアを抱きしめた。

その抱擁は短いものだった。

ぎゅっと強く抱きしめて、すぐにぬくもりが離れる。

「風邪をひくぞ。今、着替えを用意させるから、待っていろ」

呆然と、言葉もなく立ち尽くすセレイアを残して、ヴァルクスは去った。

そのあとのことは、あまり記憶にない。

どうやらちゃんと着替えて、温かい飲み物をもらって、ヴァルクスに付き添われ、屋敷に帰ったらしい。

らしい、としか言えないのは、その日だけでなく、それから数日もの間、セレイアが何も手につかずぼーっとして過ごしたからだ。
< 94 / 149 >

この作品をシェア

pagetop