一人
1
一人、ポツンといる。両足に均等に体重をのせて立っている。顔は下をむいている。一分ぐらいそのままでいる。まるで、木や石のように、もしくは立ったまま眠っているように。何かとても悲しい事があったのか、しかし感情は全く伝わってこない。ずいぶん長い時間がたった気がする。やがて、僕は気づく。僕がいる場所には僕の実像がない。ここには僕しかいない。だからあれは僕だ。その瞬間に、僕の実像がさらさらと音もなく、足の先から砂になる。その粒子はとても細かく、ほんの少しの風によって流され消えていく。頭のてっぺんが砂になって消えると、そこにはなにもなくなる。僕は少し悲しく、少しだけさっぱりした気持ちになった。ほとんどからっぽになった気がした、気がしただけではなく、ほとんどからっぽだった。なんだか、もうどうでもいい気分になってきた。目があれば閉じた気がした。僕は眠った。もちろん実像がないので、それは正確ではないが、そんな感じがした。同時に、もう目覚めることはないと感じた。もうすでに僕の意志は空気中の一酸化炭素ぐらいの割合に薄まっていた。とても透明な水のなかにいるような、雲一つない青空を見上げるような。僕は一人だったけど、一人の意味がわからなかった。そして、完全に消えることのできない僕は、ひとつの小さな塵となって空を飛び続けた。無機質となった僕は二度と何も思い出すことはなかった。