列車
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ニュージャージー行きの快速に乗って、ボストンへ向かう。各駅停車を2駅か3駅ごとに追い越す。どこか目的地がある事は素晴らしい。目的地がないとずっと旅を続けなくちゃならないからね。窓の外はどこまでもとうもろこし畑が続く。途中の駅で吉野家みたいなオレンジ色の看板の店があったと思う。電車の中はがらんとしている。まるで、ゴールデンウィークの半蔵門線みたいだ。車掌が切符を売りにくる。「お前の持っている切符じゃ次の駅までしか行けない」と言われた。しかし、僕は騙されない。もうこれで3回目だからだ。「オーケイ。次の駅で降りるよ」車掌はニヤついて次の客のところに行く。でも僕が乗っている車両にはもう何時間も誰も乗ってこない。一度だけ、特急待ちをした時に酔っ払いが乗ってきて、何か叫んで倒れて起き上がり、隣のドアで降りていった。それ以来、車掌以外この車両には入ってきていない。僕は車掌がゲイなんじゃないかと用心していたが、3回目で確信した。あいつはゲイじゃない。しかしもっと性質が悪い。有名なバンドのボーカリストの亡霊だ。自分の才能を死ぬまで信じ続けて、あっけなく後ろから頚椎を金槌でおもいっきり叩かれて死んでしまった。それ以来この電車でバイトをしながらライブチケットを売っている。昔一度だけそのバンドのライブに行った事がある。僕はあまり音楽には詳しくないが、その時のライブは今でも忘れられない。とてもいかしてた。僕はメロウな曲の時にダイブした。しかし誰もがその時はダイブする気持ちじゃなかったみたいだった。僕はそのまま人と人の間にするっと落ちて、むせた。その時程、悔しく、世の中を理不尽に思った事はない。「なんで誰も気が付かないんだ?」「音楽を聴いている奴はいないのか?」掃除用具入れに入れられて扉を下にして倒されたみたいな気分だった。その頃俺はティーンエイジャーだった。だからって訳じゃないが、少しそんな事を思い出した。次にその車掌兼ボーカリストが来たら、その時の事を話してみようと思ったが、そんな事をしても意味がないのでやめた。そのかわり次はいつどこでライブがあるのか聞いてみようと思った。