まっしろな遺書
 十三は、そっとその女医の名札を見た。
 名札には、春雨 銘と書かれていた。
 どこかで聞いたことのある苗字だったが、十三は気にしないことにした。

 歩がいる病室に着くと銘はすぐに部屋に入った。
 千春もすぐにやって来た。

「あれ?
 どうして千春ちゃんが?」

 十三は、驚いた表情で千春を見る。

「すみません……
 ナースコールがあったので呼びました」

 歩の母親が、そう言って苦笑いを浮かべた。

 歩が意識を回復した。
 一安心した十三は、安堵の溜息をついた。

  歩ちゃんが死ななくてよかった。

 十三は心のなかからそう思った。
 十三は、自分が死のうとしたことが少し恥ずかしくなってきた。
 自分の問題は解決していない。

 自分が死にたいと思った1日は、誰かが生きたいと思った1日。

 そして、自分の頭にある癌。
 迫り来る死。

 もし、自分が死んだら誰か泣いてくれるのか……
 誰も居ないかもしれない。
 そう思うと少し切なくなった。

 歩の母親が、嬉しさのあまり泣いている。
 十三は、そっとその場から離れ自分の部屋に戻った。
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