まっしろな遺書
 2015年4月24日

 今日は、不思議な現象が起きた。
 4月の終わり。
 もう、桜が散ったかと思われた。
 しかし、病院の周りだけ再び桜が咲いたのだ。
 そんな桜を見るためにみんなが集まった。

 しかし、十三とゆかりはそれどころじゃなかった。
 ゆかりの赤ちゃんの様態が急変した。
 元々大丈夫な状態ではない。
 それでも、ゆかりの表情は冷静だった。

『そんなに長くは生きれない』

 それは十三もゆかりも知っていた。
 でも、出来るだけそばに居たい。
 そう思うのは親としては当たり前の気持ちなのかもしれない。

「看護師さん。
 お願いがあるんですけど、この子を外に出しても構いませんか?」

「それは……」

 ゆかりの頼みに看護師は、困った表情を見せる。

「この子の命は、そんなに長くはありません。
 “そんなに”と言うのは、もう半日生きれればいい方って意味です。
 その意味を理解して言ってますか?」

 担当医が、真剣な表情でゆかりに言う。

「はい。
 わかっています。
 だけど、この子にも見せてあげたいんです。
 この一面の桜の美しさを……」

 産まれたばかりの子には視力はない。
 そんなこと、俺もゆかりもわかっている。

「わかりました……」

 担当医は、ゆっくりと赤ちゃんを抱き上げる。
 そして、ゆかりに赤ちゃんを渡す。

「わかる?私ママだよ?」

 ゆかりが、そう言うと赤ちゃんは小さく泣き声をあげた。
 悲しくて泣いている。
 そういうんじゃない。
 安心して泣いている。

 十三はそんな気がした。

「ごめんね。
 寂しかったよね。
 こんなのママ失格だね……」

 赤ちゃんは、しっかりとゆかりの服を握り締める。

「さぁ、桜を見せてあげるんでしょう?」

 ゆかりの担当医は、そう言うとニッコリと微笑む。

「はい」

 ゆかりは、赤ちゃんに桜を見せた。
 赤ちゃんには、桜は見えていないだろう。
 だけど、赤ちゃんは笑った。
 ほんの少しだけど赤ちゃんが笑った。

「十三君、私、赤ちゃんの名前決めた」

「え?」

「万桜……
 沢山の桜に祝福されて産まれた赤ちゃん。
 そう言う意味を込めて……」

 この日の夜。
 その小さな命の息吹がひとつ消えた。
 
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