オウリアンダ
うぬぼれかも知れないが、つまり自分が秘密を話してもいい人間と認めてもらえたということだろうか。悪い気はしない。
 そういえば、まだ訊いていない事があったのを俺は思い出した。刺青の事だ。
「刺青。刺青はなんで入れたの?ファッションとかで入れるタトゥーとかにしては大きすぎると思うんだけど。」
 この話の流れだし、俺は疑問に思っていることを直球で訊いた。
 マコはベッドに座ったまま俺に背を向けた。スルスルとTシャツを脱いでいく。すると徐々に刺青の全体が見え始めた。何かの花と鳳凰だろうか。
 背中一面に彫られている訳ではない。下の方は見えないが、腰から尻にかけて彫ってあるようだ。自分の想像よりは小さかったが、迫力は十分にあった。
 刺青がない部分の肌はとても綺麗だった。よくいう『白く透き通った肌』とはこういう肌の事を言うのだろう。
 俺は刺青の掘られていない部分にしばし見とれた。刺青部分に目をやる。なんだか勿体無い気がした。
 すると、マコは上半身裸のままこっちを向いた。
「ちょいちょい!!Tシャツ!シャツ来て!」
 ブラはつけているが、急だったのでビックリした。第一こんな真剣な話をしている時に勃起したら、なんかかっこ悪い。本人より股間の方が正直な事は多々あるのだ。
 俺は焦っていたが、何故かマコも焦っていた。
「キャー!!次に話す事で頭がいっぱいで、Tシャツ脱いだこと忘れてたー!!」
 この事でもう一つ分かった事がある。マコはアホなのだ。
 マコは急いでTシャツを着た。
 このコミカルな出来事にもかかわらず、俺は真剣に考えていた。
 マコの刺青を見て感じた事がある。デザインが一般的ではなかった。おそらくあれは彫師に丸投げしたのではなく、相当マコの意見を取り入れたデザインであると云うことだ。
 バラ、牡丹、桜、蓮、辺りが刺青で使われる一般的な花だと思うが、なんの花なのかは分からないが、あんな花は初めて見た。それに加え、鳳凰も少し変わっていた。鳳凰や朱雀を刺青にする事は多いと思うのだが、マコの背中の鳳凰は、確かに泣いていた。
 考え過ぎなのだろうか、実はファッションで何も考えず気軽に彫ってしまったものなのだろうか。
 当然自分で考えても答えは出なかった。だが自分のしなければいけない事はなんとなくわかった。
 あんなにも親切にしてくれたマコに、気軽にホイホイと手を出そうとしていた自分が、マコの話を聞く資格はない。それがもし大した話じゃないとしてもだ。
「刺青見せてくれてありがとう。きっと深い意味が込められているんだろうな。だけど、その話はもう一度マコの心の中にしまっておいてくれないか。
 今日助けてくれた事、本当にありがたいと思ってるんだ。俺は親から逃げ、自堕落的な生活をしてきた。今日マコに親切にしてもらって、生まれて初めて人に恩返しをしたいと感じたんだ。
 マコに必ずお礼をする。その日まで今日の話は取っておいてくれ。」
 マコは少し悲しそうな顔をして頷いた。きっとマコ自身は話してしまいたかったのだろう。
 俺は今まで女を利用してきた自分がすごく恥ずかしく思えたのだ。マコは自分の過去を俺と共有してくれようとした。でも今の俺に話すのは間違いだ。
 見知らぬ奴にこんなにも優しく出来るような人と、釣り合う人間になりたいと思った。
自己満なのはわかっているが、マコとの出会いは自分自身が変わるチャンスであるような気もした。
 しかし、なにぶん俺は意志が弱い。どんな形でお礼をするにしても多少の金は必要だろう。お礼に使う為のその金を手にした瞬間、違う事に使いたくなるのは目に見えている。
 だから、一番気になる話を、次の時までとっておきたかったというのも正直ある。つまり自分の意志の弱さに保険をかけたのだ。
 俺は電気を消して、マコの隣りに行った。マコと俺は殆ど同時に布団をかぶった。
 俺はマコに背を向けて言った。
「おやすみ。」
 マコもおやすみと小さな声で返してくれた。
 
-一時間後-

 寝れない!!全然寝れない。一方マコはと云うと、呑気に爆睡中だった。警戒心のかけらもない。
 マコの方を見る。気持ちよさそうな寝顔だ。目線を少し下に移すと俺は見てはいけないモノを見た。
 Tシャツがよれていてハッキリ胸が見える。マコの胸はデカかった。推定Eカップといったところだろうか。
 やめろ!それ以上見るな!!敵は自分の中にいる!!そう。それは煩悩と云う名の悪魔だ!俺はチャラチャラした自分から卒業するのだ!
 こんな事を本気で考えていたら、俺の体は突然、グイッとマコの方に引き寄せられた。
 マコに抱きしめられたのだ。起きているのだろうか。
「おーい。」
 小さな声で呼んでみた。返事がない。寝ている。マコの胸が俺の顔に当たる。
 お察しであろう。必死の抵抗も虚しく、奇しくも俺はこの時、悪魔に敗北したのだ。
 もう無理だ。俺は自分の意志の弱さを呪った。もう我慢ならん!いざ参る!
「ケンジ…。」
 それはマコの寝言だった。勿論、俺はケンジではなくタカノリだ。雑談した時に彼氏はいないって言っていたし、元彼とかかな。
 俺を抱きしめている手を解き、マコの顔を覗きこんだ。泣いていた。
 もう手を出そうとは思っていなかったが、気になってしばらく顔を見ていると、
「へへへへ!私はケーキか!!!!」
 そのまま右の平手が俺をめがけて飛んで来た。
 バチン!! 
 マコの平手は見事に俺の頬に命中。痛すぎてしばらくのたうち回る。
 ケンジはまだいい。どんな夢を見たら笑いながら『私はケーキか!』という寝言が飛び出るんだ。
 いやこれは罰だ。再びマコに手を出そうとした俺に罰が当たったのだ。
 十分に懲りた俺は頬を両手で抑えながら眠りに落ちた。
 
 翌朝…正確には昼前だが、目が覚めた時にマコは横にいなかった。
 リビングに行くとマコは予想通り朝食を作ってくれていた。
「おはよう。今起こしに行くつもりだったの。」
 昨日泣いていたのが嘘のような笑顔だ。
「おはよう。そうか、何から何まで申し訳ない。テレビつけてもいいかな?」
 マコがどうぞと言ってくれたので、俺はテレビをつけた。
『~ました。繰り返します。一週間前から行方不明になっていた、タクシー運転手の男性が先程遺体で発見されました。警察の発表によると、遺体の首には何かで絞められたような後があったということです。』
 テレビから流れるニュースに、背筋が寒くなるのを感じた。マコを横目でチラリと見る。
 …やっぱりマコの力は本物っぽい。
< 8 / 14 >

この作品をシェア

pagetop