夢おとぎ 恋草子
それなら私も、と腰を上げようとしたら 
常盤さまに掌で優雅にたしなめられ 
貴女は殿のお相手を、と目配せされました。


私は 小さく頷いて座り直して ふぅと小さく息を吐きました。
時折 常盤さまの代わりに殿の身の回りのお世話を
任されるようになってからというもの
殿と二人きりで過ごす時間は以前よりは増えましたが・・・
未だに慣れません。つかの間でも緊張してしまいます。
なのに その殿がこんなことを仰せになったのです。


「梢」
「はい」
「もう少し傍においで」
「はぁ」


私は手招かれるままに 殿との距離を詰めました。


「では・・・ 私がそのお相手をしようか?」
「?」
「何のことやら分からない、という顔だねえ」


殿はくすくすと笑いながら指先で私の顎先を軽く持ち上げると
「お前の初恋の相手だよ・・・」とその甘やかな吐息が
私の唇にかからんばかりにお顔を寄せたのでした。


ひっと詰めた息が・・・ 息がとまるかと思いました。



からかわれているだけだというのは よくよく承知していますのに
殿方にこんな風にされることは元より 
こんなに間近くで接したことがないので
もうどうしてよいのやら。しどろもどろになりながら
声を出すのもやっとでございました。


「めっ めっ・・・ めめ 滅相もございませんっ!」

「おや、私が初恋の相手では不足かね?」

「そ、そそ そういう事ではございませんっ!
む むしろ畏れ多いことに ごっ ございます」


殿は相変わらずクスクスと笑いながら
あわあわと焦る私の顎先を持ち上げたままで
器用に親指を私の唇へと滑らせると
艶めかしくひと撫でして、こう仰せになったのです。


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