夢おとぎ 恋草子
誘惑は引きも切らずなのは言うまでもなく、その逆もしかり・・・
いわゆる モテ男なのでございますわ。しかもとびきり、の。


「そんなに大きな瞳でじっと見つめられては 
 顔に穴が開きそうだよ?」


そういって くすりと笑った殿のお顔の 何と美しいことか・・・
ぽかんと見惚れてしまった私の鼻の先を 
殿はちょん、と突いて仰いました。



「煤払いなど サボりたくなる気持ちも分かるけれど
早く納戸に戻った方がいい。 近江に見つかったら大変だよ?」


近江様とは このお屋敷での一番古参な女房で
殿の乳母を務めた方でございます。
殿のご信頼も厚く 
殿のお母上様である萩の君様からの覚えもめでたく
私たち使用人を取り仕切る長でもございます。


「はい!」


殿の仰せごもっとも。近江様からのお叱りを受けては大変。
長いお説教で足が痺れてしまいますもの。
急いで立ち上がり 殿に一礼をして 
私は納戸へ向かったのでございました。


その時でございます。
またしても ぴぴぴと眩いばかりの瞬きが閃いたのは。
そうだ!書くなら これだ、と。


今、速足で渡ってきた廊下の先を見つめながら
私は頬が緩んでしまうのを抑えることができませんでした。


殿が時折 語り聞かせてくださる 
数多の恋のお話を綴ってみる―――


そう思い立ったのでございます。


とにかく 殿は男も惚れさすと噂されるほどの美男子で
お約束の如く 色好み。
今日は此方の姫君と、明日は彼方の女君、と
ネタには事欠きません。


胸がきゅんと切なくなるような逢瀬・・・ 
うっとりするような艶めいた閨の語らい・・・
私ども お側近くの女房だけで楽しむのはもったいないと
常々思うていたのでございます。


とは申しましても 拙い筆ゆえ・・・ 
どこまで臨場感を味わっていただけるかはわかりませんが
精一杯 綴らせていただく所存でございます。 


あぁ、申し遅れましたが 
私は 殿のお側仕えの女房で 梢(こずえ) と申します。
お屋敷に上がって 三年目のまだまだ未熟者でございます。


夢は宮中の女官として勤めること。
その足がかりと勉強のために 一先ずは
貴族である殿のお屋敷にお勤めしております。
いつか近いうちに宮中の女官に推していただく。
それを励みに日々精進しておりますが
夢が叶うのは いつになることやら・・・


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