夢おとぎ 恋草子
最後の夜
冴え冴えと白く輝く月明りの下
抱き寄せた人は 明後日 斎姫の侍女として伊勢に下向する。
何時 この泰平の都に戻るかはわからない。
今宵がおそらく最後の逢瀬になるだろう。
「何か話してくれないか」
かの人の華奢な手をとって その指先にくちづけた。
「・・・嫌」
「どうして?」
「情けない事、言いそうだから」
「構わないよ?聞かせておくれ」
最後の夜なのだから、と薄闇に白く輝く首筋に
柔らかく唇を落とせば あ、と小さく艶めいた声を漏らした。
「女の泣き言を聞きたいと仰るの?悪趣味ね」
「悪趣味だろうが何だろうが
私が泣かせていると思うと悪くない」
襟の合わせから手を差し入れて
すべらかな肌と柔らかな感触を弄べば
彼の人は妖しげに半端に伏せた目で
声にならない甘い吐息を散らしながら応えた。
「っ・・酷い男・・・恨むわよ?」
「忘れられるより、ずっといい」
愛撫で尖った胸の先を爪弾くと身悶えに声を震わせながら
潤む瞳で私を見つめて 言った。
「すぐに 忘れてやるわ」
この強がりがたまらなく愛しい。
私を惹きつけて止まない。
「なんて冷たい女だ」
手応えのあるやり取りに
額を合わせて くすくすと笑い合った。
今、この腕の中にある掌中の珠の如き女君は
美しく気高く才気に溢れ
宮中の花と称された内親王付きの女房。
誰が射止めるのか、という
内裏の男たちの賭けの対象のような存在だった。
彼女もまたそれを自覚して楽しんでいるかのようだった。
そんな中で始まった私たちの恋は
互いに割り切った関係だった。
・・・そのはずだった。
なのに 心の底に薄く澱むこの想いは一体・・・
「大輔」
ん?と視線だけで答えた人は私にしどけなく体を預けたまま
妖艶に微笑みながら私の頬に掌を当てた。
「なあに?」
「行くなと言ったら?」
つい口を突いて出た言の葉は
本音なのか偽りなのか自分でもわからなかった。