君と春を



「俺の部屋に置くキッチンツール買いに行こ。」

それは突然の提案だった。ぎこちない手つきの彼と作った朝食を終え、ソファに座っていた時のこと。

「お料理にめざめそうですか?」

「………ワザと言ってるでしょ。使うのは美月。」

「私ですか?」

「そ。そしたら俺の部屋でも料理作れるだろ。あ、ここに置く俺の部屋着も必要か?」

楽しそうに話す彼を見ていると自然と顔が綻ぶ。

でもふと、心の傷が疼いた。


私だけ、こんなに幸せでいいのだろうか。


父や母や斗真だって、もっとたくさんの幸せが待っていたはずなのに。


こんな自分は、許される?


私…


「…き。みつき。…美月!」

ハッと我に返る。頬に添えられた温もりは……

「…俺を見て、美月。心を、俺に向けて?」

「…………」

「大丈夫だよ。俺がそばにいる。」

「あ……慎汰さん…」

沈んでいた心が浮上する。力が抜けるようにぽすりと広い胸に頭を落とす。

「どうした?言ってごらん?」

そっと抱きしめて髪を撫でる彼が愛おしくてたまらない。


離したくない。


許されないかもしれないけれど


でも、それでも……

「慎汰さん…好きです。大好き。

だから……怖い。苦しい。

家族を置いて私だけこんなに幸せで…

それが、苦しい。」

「美月…。」

慎汰さんはただただ私を抱きしめ続けた。私の思いを肯定も否定もせず受け入れてくれることが、私の心を穏やかに鎮めていった。



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