君と春を
挨拶まわりもひと段落付き、断りを入れて化粧室に立つ。
「ふぅ。」
本来、人前は苦手だ。
できたらもう帰りたい。
そんな弱い気持ちを振り払うように鏡の前に立ち、メイクを直す。
「よし。頑張ろ。」
ヒールを鳴らし大好きな彼の待つ会場へと向かうなか、後ろから突然叫ぶように声をかけられた。
「美月!」
………………っ!
その声に心臓がドクリと脈打ち、磁石でもあるかのように足が動かなくな
。
だってその声は……………
かつて私を包み、癒し、励ましてくれた……親友だった人だから。
顔を見なくてもわかる。
私はこの声を忘れていない。
動かないでいる私の前に、その声の主が駆け足で回り込む。
「…………っ!」
あぁ、やっぱりそうだ。
茉莉…だ…。
「やっぱり…美月だ。
まさかと思ったけど、私が美月を見間違えるはずないから。
………元気?体調は?」
体調?…今更何を気遣うと言うのか。
震え出す身体を必死に抑え込み、営業スマイルを貼り付けて冷静さを装う。
ーしっかりしろ、私!ー
「…上司と来ておりますのでこれで失礼しますね。」
そう言って会場へ向かおうとすると咄嗟に腕を掴まれた。
「…っ!?離してください。」
「名刺、受け取って?」
そう言って無理矢理私の手に四角い紙を滑らせる。
「美月はどこの会社から来てるの?
よければ名刺を…」
クラクラする。
どうしよう。
身体が…………
「…………!」
「俺の女に何の用だ?」
私たちのやりとりに気付いた慎汰さんが肩を抱いて引き寄せてくれる。
「君は?名刺交換なら私が応じるよ。」
いつになく刺々しい表情で茉莉に名刺を渡しながら、私の身体が微かに震えているのに気づき肩に置く手に力を込める。
「HARUSE 本社 専務…?」
「美月に用があるなら俺を通せ。」
冷たい笑顔でそう言ってわたしの手にある名刺をスルリと抜き取り、ポケットにしまった。
「帰るよ、美月。」
ワザと、茉莉に聞こえるように甘く囁くように話す。
肩の手を腰に回すと私を守るように歩き出した。
………茉莉………