君と春を

茉莉を失った日

怒りに満ちた顔。拳を握りしめ、大きな瞳からはポロポロと涙が零れている。

「茉莉？どうしてここに…」

「木本さん……つけて来たの？」

………つけて来た？

渡会くんの言葉に驚きを隠せない。

「……どういうこと……？」

渡会くんは「はぁ」と深い溜息を吐き、語り始めた。

「ここしばらく、バイトの帰りに必ず会うからおかしいと思ったんだ。

大学でもそうだし。もういい加減にしてよ。そんなコトする子を、好きになれると思う？」

……大学でも？

「茉莉？どうしてそんな……」

肩に触れようと手を伸ばす。すると

「触らないで！美月なんか大っ嫌い！」

渾身の力で跳ね除けられ、その言葉に凍りついた。

「ずっとずっと、私が欲しいものは美月を向いてた！

なんでそうやって、何でもない顔してなんでも奪っていくの!？

渡会君だって、私の両親だって、………佐原くんだって……」

思いがけず優也の名前を聞き、動揺してしまう。

「優也……なんで…優也！？茉莉？」

「……私は美月より先に、佐原君が好きだったんだよ。何度も告白したけどOKもらえなかった。

それどころか…『冬瀬が好きだから』っはっきり言われて。

ひどいでしょ？

仕方ないから告白してきた子と付き合ったんだよ。」

「……そんなの知らな…」

「そんな惨めなコト話すわけないでしょ!？バカじゃないの!？

…両親だって『美月ちゃんを見習いなさい』とかばっか言うし、私が見て欲しい人たちはいつも美月を見てた！

渡会くんだって…好きになったのは私なのにどうして美月を……っ！

………美月なんか起きなければよかった。

やっぱりあの時、ずっと眠ったまま死ねばよかったんだよ！」

泣きながら叫ぶように話す茉莉。


死ねばよかった？


今の言葉は本当に、茉莉の口から出たのだろうか……。


動けずに固まる私の肩を支えたのは渡会君だった。

「サイテーな女だな。全部君の嫉妬じゃないか。

行こう、冬瀬さん。」

手を引き、歩き出そうとする彼。

私は……その手を払った。

「冬瀬さん？」

「………私はあなたとは行かないよ。誰とも付き合う気はない。」

淡々と伝える。

それを見ていた茉莉は歪んだ顔で笑った。

「…っふふふふ。だから言ったでしょ？渡会君。

美月はレイプされたうえ家族も殺されてるからもう男には触れられないんだよ。

……そう教えたでしょ？」

「っ………！なんで知っ…」

なんで襲われたことまで知ってるのか。私は百合先生以外誰にも話していない。しかもそれを人に話しただなんて。

「ふふ、嗾けたの私だもん。

もう手放すって言ってたから、どうせなら一生忘れられないようにしてやればって言ったの。」

「なっ！嘘でしょ！？

……よくそんなひどいこと…っ！

ずっと…親友だと思ってたのに………」

もう何も言葉がなかった。

怒り…悲しみ…苦しみ…ぐるぐると渦巻く感情たちに押しつぶされそうになる。


茉莉にぶちまける気にもならない。


もう…誰とも関わりたくない。


誰かを信じることも辞めよう。


そしてそのまま…二人を残して立ち去った。

塾のバイトも辞め、携帯も変え、アパートも変え、ふたりとの接点を全て消した。

そしてそれ以降……男も女も、百合先生以外の人間との関わりを一切拒んだ。




慎汰さんに出会うまでは。