君と春を
家族の命日まであと一週間ほどに迫った日。打ち合わせがある慎汰さんを残し、定時で先に会社を出た。
「…!」
突然ぐいっと腕を引っ張られる感覚に驚いて力の先を見ると……
「茉莉!」
私の手を力任せに掴んで引く茉莉がいた。
「ちょっ………痛っ、離してよ!」
振り払おうとしてもお構いなしにビルの合間へと引っ張り込まれる。
「茉莉!」
「………」
ピタリと止まる足取り。私を振り返った顔は……決別したあの時のように怒りに満ちていた。
「いきなり現れてこれはどういうこと?私にはもう関わらないで欲しいんだけど。」
突然の行動に腹は立ったけれどできるだけ冷静さを失わないようにそう伝えた。
「………………」
茉莉は何も言わない。
「…はぁ。帰るね。もう来ないで。」
掴んでいる手を払い、通りに出ようとする。
すると、
「美月!友晴を返して!」
それは泣き叫ぶような、悲鳴にも近い声だった。
………友晴……?それって……
「あの時のこと?まだ言ってるの?何年前の話をして……
それに連絡先も知らないし今どこにいるかも知らない。」
「ウソ!絶対知ってる。私に隠れて会ってるんでしょ!?
この時期はいつも寂しくなるからって友晴を奪わないで!」
……………この子は何を言ってるの?
「………茉莉?話が見えない。
私にはもう特別な人がいる。その人は私の過去を知ってるし、それでも側で守ってくれてる。たくさん愛されてる。
幸せにしてくれる。
だからもうこの季節も怖くないし寂しくない。
あなたも渡会くんも、私にとってはもう過去の人だよ。」
「……っ!じゃあなんで友晴は家に帰ってこないの!?美月に会ったって話した途端態度がおかしくなって、しかも離婚したいなんておかしいじゃない!?」
取り乱し、拳を握る茉莉。何か勘違いがあるらしいけど…私のせいにされては困る。
「…渡会くんと結婚したの?どっちにしろ私には関係ないよ。ふたりで話して解決して。」
もう関わりたくない。
「………美月!
許さない…!絶対許さない!
あんたが幸せになるなんてあり得ないんだから!」
聞こえないふりをしてその場を去る。
心臓は潰れそうに苦しく鳴っていたけれど、それを悟られたくなくて目一杯飄々と去った。