君と春を



慎汰さんの申し出は嬉しかった。だけど、会社もクビになり身体もボロボロの私が多大な迷惑をかけることは避けられない。

回復するまで…あまり会わないでおこうかとすら思っていた。

「……美月?返事は?」

心配そうに顔を覗き込んでくる彼。

百合先生は…そっと席を外した。

「でも、迷惑が……」

「…ふっ。くっくっくっく…」

笑い出す彼に驚いて顔を上げると、お見通しといわんばかりの目線を向けられる。

「やっぱりね。そう言うと思った。

ヘタすりゃしっかり回復するまで距離置こうかと思ってただろ。

でもね、美月。

…俺に、美月が必要なんだ。」

一転してまっすぐに真摯にみつめられ、そうハッキリと伝えられる。

「もう離したくない。ずっと側で寄り添っていて欲しいんだ。

……数週間後、俺はパリに戻る。」

「……え?」

今、パリって………じゃあ、もう…

「…いや、そんな顔しないで。

俺の右腕として一緒に来て欲しい。また俺の秘書をやって?」

「秘書?でも私は…」

「社長の了解は取ってる。…というか、社長の提案だ。

……美月、ドイツ語で沈めた男、いなかった?」

「……………」

記憶を手繰る。

ドイツ語…ドイツ語…ドイツ………

「あっ!社長…!」

思い出して一気に赤面する。

そう。以前私は相手が社長と知っていながらドイツ語で一蹴したのだ。

「…くっくっくっく。そう。兄貴。

退職を決めたのも兄貴。仕事を気にせず体調管理に専念しろって。

俺のパリ行きとそこに連れて行くのを提案してきた。……守ってやれって言われたよ。」

………社長が………

「ま、それはいいとしてさ。」

不意に真剣な表情を浮かべる顔。その瞳は捕らえるように私を見つめる。

「……プライベートでも、生涯の伴侶としてついて来て欲しい。」

その言葉に心臓が跳ねる。

「…それって…」

「ちゃんとしたプロポーズは後。ちゃんと状況が整ってからする。

ただ…そのつもりで俺を支えて欲しい。

側で…笑っていて欲しい。

俺が幸せにしたいのは美月だけだから。

俺といればいつでもあったかい気持ちをあげるよ。

…そう。

美月と…一生温かい春を過ごしたい。

だから………一緒に暮そう。」

甘く切なく、温かく胸に響く言葉に、
心が喜びに震えて涙が零れる。

それを拭うように伸ばしてくれる彼の指先もまた震えている気がする。

「美月が倒れた日…一緒に俺のマンションに帰ったろ?

ホントはあの時もう決めてた。美月のマンションには帰さないであのまま一緒にって。

ご家族のお墓にもそのつもりで手を合わせてきた。

………美月?返事、して?」

「……………っ!」

断る理由なんてもうどこにもない。

側で支えたいのは私も同じだ。

想いを伝えるため……

ありったけの気持ちを込めて、返事をする。


「Oui.……Je suis ensemble partout dans la vie.」


一瞬キョトンとした慎汰さんは愛おしそうに私の頬を撫でてこう言った。


「Je vous aime seulement partout dans la vie.」


自然と、手が彼に伸びる。

お互いを溶かすようにきつく抱きしめあう。


『はい。一生そばにいます』



『美月だけを一生愛するよ。』



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