君と春を



ドン!………チッ。

「すみませ……」

夕方のラッシュ時。

仕事を終え帰宅の途に就く人たちが行き交う忙しない駅前を歩いていると不意に目眩がしてフラつく。

間が悪く男の人にぶつかってしまったようで…舌打ちされた。

「はぁ………っ!」

次第に強まる目眩。

早まる鼓動と呼吸。


…やばっ!


ビルの間の細い路地に、言うことを聞かない身体をなんとか滑り込ませる。

「はぁ……っ」

力が抜けるようにへたり込む身体を目眩に任せ、収まる気配のない動悸のする胸をぎゅっと抑えるように両手を当てる。

視界をシャットアウトするように目を閉じて俯くと、雑踏の音さえ聞こえないような気がしてくる。


『この日』は必ずこうなってしまう。


毎年春が来るたびに次第に体調が悪くなり、『この日』を迎えるのだ。


私の人生最悪の日。


全てを失った日。


全てに取り残された日。


私自身の心さえ粉々になって桜の花びらとともに散った。



今残っているのは……脱け殻の私。



…………このまま、永遠に眠ってしまえたらどんなに幸せだろう。


……ねぇ、斗真。




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