君と春を
想いを伝える
着任して2週間。彼女はなかなか仕事振りがいい。半ば無茶ぶりで『右腕になれ』と言ったけれど、この子なら本当にそうなりそうだ。
前任の高野さんはかなりお気に入りだった。
「仕事は抜かりなく完璧。それにキレイな子でしょ。パーフェクト。
でも………惚れちゃダメだよ。彼女はムリ。何人の男が撃沈してきたか…。
大物だって一撃で沈めるぞ。」
まるで見てきたと言わんばかりにクスクスと思い出し笑いをしながらそう言う高野さん。
「……はい?撃沈?」
「ま、よろしく頼んだよ。」
そう言って去って行った。
………ムリ?俺が?
ハッキリ言ってこれまで女に不自由したことなんてない。周りには常に女がいたし、抱きたいと思えば拒む女はいなかった。
その俺が…ムリ?
…確かに仕事は完璧だ。この短期間に既に俺の行動を先読みしてに動くようになった。任せている仕事もミスはない。
ただ……彼女は常に無表情・無感情だ。
表情を崩さない。淡々と仕事をこなす。
取引先には俺には絶対しない極上の営業スマイルを出してくる。最初は普段とのギャップに驚いたくらいだ。
パソコンと資料を交互に見ながら仕事に励む彼女。
確かにスペックは高いよな……
肌は陶器のように白く、艶のいい髪は漆黒でさらりとまっすぐ肩にかからない程度に伸びている。
その髪と同じ色の瞳は何処か……冷たい印象だ。でも何故か、吸い込まれそうになる。
化粧っ気がなくても十分美人で通る顔立ちだし、他の女子社員のようにムダに化粧品臭くない。
それにタイピングを滑らかにする指先はどことなくセクシーで集中している時の凛とした雰囲気も俺好み…………
いや。
そういえば……コーヒーがすごく美味しいんだよな。
「…冬瀬。」
「はい。コーヒーですね?」
「………そう。よろしく。」
そうだ。彼女は俺がコーヒーを飲みたいタイミングが分かる。
「…どうぞ。」
「あぁ、ありがとう。」
コーヒーの湯気を見つめながら味わう。
………やっぱり美味しい。
「………なぁ、君はいつも無表情・無感情で仕事してるよな。
でも…コーヒーだけは違う。
テキトーに入れてるかどうかくらいわかるよ。
なんでこんなに優しい美味しいコーヒーを入れられるんだ?」
率直な俺の質問に彼女はどう答えるだろう。
顔を上げて仕事を再開しようとする彼女を見る。すると彼女は見たことのない表情を浮かべていた。
驚いたような、困ったような、恥ずかしいような複雑な顔だ。
………何その可愛い表情。
「……母の教えです。口にするものを出す時は相手が誰でもどんな時でも心を込めなさい…と。」
「…なるほど。じゃぁ、君のお母さんにも感謝だな。
美味しいよ。いつもありがとう。」
俺の言葉を聞いた彼女はちょっと嬉しそうに…でも寂しそうに微笑んだ。
寂しさの理由はわからないけれど。
……もっと見たい。彼女の色んな表情を見たい。
職場の女には手を出さないと決めている俺。
でも彼女に対しては特別な感情を抱いてしまいそうな気がする。
そのことに戸惑いながら、入れてくれた温かいコーヒーを味わった。