君と春を
ーパチンー
「…っ!?」
突然視界が真っ暗になる。どうやら停電したらしい。
「はぁ、どうしよ…」
廊下も真っ暗で足元が見えない。
「コーヒー持って歩いたら危ないよね…。非常電源つくまで待と。」
食器棚の横の小さな窓の外を見やると他にも停電しているビルがあるようだ。
「…冬瀬?」
専務が部屋から顔を出し、私を呼んだ。
「……はい。コーヒー入りましたけど、足元見えないのでちょっと待っててくださいね。」
そう言うと専務は私の隣まで来てクスリと笑った。
「俺、コーヒーの心配はしてないよ?
心配なのは君。」
「…私ですか?」
「そう。女の子って雷嫌いだろ?」
言いながら、外から薄く差し込んだ何処かのビルの非常灯の灯りを頼りにコーヒーカップを持ち上げた。
「……女がみんな雷が怖いとは限りませんよ。私に言わせれば、それを男の前でするならばそれは完全にフェイク。つまりぶりっ子です。」
「ふっ!…ははっ。なるほどね。
君には縁がない言葉だな。
そういう素直で可愛くないところも好きだよ。」
「………………」
ー好きだよー
ドクリと心臓が跳ねた。
そんな言葉、使わないでほしい。
「……冬瀬。俺、君が気になってる。
本気だよ。
君を……もっと知りたい。」
真摯な言葉。暗闇でもまっすぐな気持ちが届く。
その時パッと電気がついた。
「………冬瀬!?」
……私はどんな顔をしていただろう。
逃げるようにその場を飛び出し、デスクの鞄を掴んで踵を返す。
「……っ!」
腕を掴まれて身動きが取れない。
「待って。何で逃げるの?………迷惑だった?」
俯いた私は……
「迷惑です。これ以上私に…近づかないで……」
そう答えるので精一杯だった。
振り絞るように出した声は掠れていて、まるで…
まだ散りたくないと嘆く、桜のようだった。
そんな自分が更に嫌になり、掴まれている手を振り切って走り去った。
土砂降りの雨の中私は……
ただただ、向けられる気持ちが苦しくて……もがいていた。