君と春を
フィレンツェへはアムステルダムを経由して約19時間かかる。
目眩を起こしやすい私にとっては神経がすり減る思いの時間だ。
それでも……どうしても来てしまう。
そのためにこの時期は体調を万全にして主治医の百合先生に予備薬ももらう。
空港に降り立ち、フィレンツェの街に入る。
中世と現代が調和した不思議な街。時期も手伝い、観光客は多い。
有名な美術館や名所、活気のある市場に陽気な人々。それらをすり抜けて歩く私の目当ては古書店。
これまで訪れた店を書き込んできた地図と記憶を頼りにひとつひとつ巡る。
ここでは日本のような大型のショップより小さい店が多い。街角の露店でも古書を扱うところもある。
入り組んだ路地を歩き、いつも最後に一軒の店に立ち寄る。
古い建物でレトロな雰囲気の漂うその店は薄暗く、奥のカウンターにのみ中庭からお日様が入るように作ってある。
「Ciao padrone 」
古い本たちに埋もれるようにカウンターの椅子に腰掛けて本を読むご主人は私の声を聞くとピクリと眉を上げた。
「……Mitsuki?」
「Sì」
「お元気でしたか?」
「……そうか、そんな季節か。」
「はい。また…来てしまいました。」
ここのご主人は私の事情を知っている。……両親のことも。