君と春を



「…………大丈夫?」

過去に引きずられていた心が、突然耳元で聞こえた声に引き戻される。

誰?………構わないで欲しいのに。

「君、さっきフラついて人とぶつかってたろ?…タクシー呼ぼうか?」

…さっきの見られてたんだ。

若い男性のものであろうその声からは心配してくれているのが伝わる。

それと……、肩に触れる手の温もりとほんのり香る爽やかなコロン。

「………平気です。ご心配なく。」

顔を上げることなく、肩に触れている手を払ってそう答える。

むやみやたらと触れられるのは嫌いだ。

「でも………」

「…私、人が苦手なんで。構わないでください。誰にも構われなければすぐ治まります。………行ってください。」

俯いたまま、まくし立てるようにそう言い放つと、彼は渋々引き下がった。

「……わかった。じゃあ行くよ。
気をつけて帰ってね。」

「…………どうも。」

踵を返して遠ざかる靴音が、いつしか雑踏に紛れて聞こえなくなった。

はぁと溜息をつき、心を落ち着けるようにじっとする。

こみ上げて来る冷たく悲しく苦しい思いを、凍った心で押さえつけるように隠して涙を心の奥底に押しやる。



………どれくらい時間が経っただろう。



ゆっくりとした動作で腕時計を見ると、6時過ぎに改札を出たはずなのに間も無く6時半を迎えようとしていた。

「……やだ。20分も経ってる。」

目眩のせいでふわふわとした感覚の身体を奮い立たせて立ち上がる。

「よし。………帰ろ。」

歩きたくもない身体を引きずるように通りに出て自宅マンションへと帰った。



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