君と春を



「冬瀬?」

突然隣から響いた声にはっとする。

「……顔色悪くない?大丈夫?」

私を覗き込む顔は心配の色が滲む。

パソコンに向かい、できるだけ専務の方は向かないようにしていた…のに、
体調が良くないことをあっさりと気付かれていたようだ。

「……平気です。ご心配なく。」

営業スマイルをべったりと貼り付けてにこやかに返事をする。

これ以上は突っ込まれたくない。

「……君が僕相手にそんな顔するなんて、重症だね。何かあった?」

「……………。コーヒー入れます。」

詮索されることに我慢ができなくて席を立った。これ以上は心配されたくない。


「……っ!」


給湯室へとくるりと振り向くのと同時に突然襲ってきた目眩と震え。

力が抜けるように言うことを聞かなくなった身体がその場に崩れる。

「冬瀬…!」

気づいた時には逞しい胸に抱え込むように抱きしめられていた。

……な……んで。

震える手に力を込めて押し返そうとするけど、強く支える腕がそれを許してくれない。

「専務……離し……てくだ…さ…」

懇願するように声を振り絞る…のに

「……ダメ。離さないよ。」

そう言って抱きよせる手を更に強めて、決して離そうとしない。


……まるで恋人を慈しむように。


やめて欲しい…

触れられたくない…

そのはずなのに、それなのに……

心とは裏腹になぜかその温もりに自然に身体を預けてしまう。

しっかりと背中にまわされ、支えてくれる腕。

耳元で聞こえる力強い鼓動。

包み込まれる温もりと爽やかな香り。

「大丈夫。俺が側にいるよ。
だから、落ち着いて。目を閉じて。」

低く優しいその声は、私の体に染み渡るように響く。


心がざわめく。


誰にも関わりたくないのに。


誰とも触れ合いたくないのに。


なのに……


どうして私はこんなに


この腕に安心してしまうの?



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