君と春を
休憩室の前で足が止まる。
通路に自販機と幾つかのソファが置いてあるこの場所はパーテーションで区切られているだけの簡素な作りだ。
そしてその向こうのふたり。
冬瀬と……誰だ?あの男。
咄嗟に身を隠して聞き耳を立ててしまう。
「俺、営業一課の澤田です。あの…」
冬瀬は黙ったままだ。……いや、冷たい視線を送っている気がする。
「実は…ひと目見てから貴女が…」
「Ne m'approche pas」
冷たく無機質な視線と低い声。全身で拒否しているのが手に取るように伝わってくる。
「は…い?えっと………あの?」
男は意味を理解していないようだ。顔を歪め、困惑している。
「L'idiot qui ne comprend pas français n'a rien à faire
じゃ、そういうことで。」
冬瀬は踵を返して去って行った。
『私に近寄らないで。』
『フランス語もわからないアホは相手にしないわ』
「……ぷっ……」
高野さんが『撃沈』と言っていた意味はこういうことか。
あぁやって今まで何人の男を沈めて来たんだ?
ポカンと取り残された男が虚しい空気に佇んでいて、悪いとは思うが笑えてしまう。
…あの男、ちょっと可哀想か?
俺の冬瀬に手を出そうとするからだ。
バーカ
でも……俺、何度もアプローチしてるけどああいう態度取られたことないよな。
これってやっぱり少しは脈アリって思っていいんだろうか。
いや、上司だから強く言えないだけ?
……どっちだ?