君と春を
「あれ?冬瀬?」
突然聞こえたその声。振り向いた先にいたのは専務だった。
「……専務!?なんでここに……」
「友達がここの内科医なんだ。結婚が決まったばかりで、うちのウエディングブランドのカタログ頼まれて持って来たとこ。
冬瀬は?半休取ってたよな?」
…こんなとこで会いたくなかった。百合先生だっているのに。
チラリと百合先生を見ると、明らかに専務を凝視している。
そして専務はその視線に気付いていない。
「俺はもう会社戻るけど冬瀬は?車で来てるから移動するならどこでも乗っけてくよ?」
爽やかな笑顔を向けて優しく微笑む。
「いえ、私はひとりで…」
「あなた美月のナニ?」
「……………」
しまった。
私の言葉を遮るように問う百合先生にさすがの専務も困惑の表情だ。
「ナニ…って?上司ですが。」
「上司……そう。出張の同行者ね。
あなた美月狙い?女好き?根性ある?包容力は?
私は美月の主治医。
私が認めた男じゃないと、近づくことさえ許さないわよ。」
まくし立てるように専務に詰め寄るその顔はあくまで挑戦的だ。
「百合先生!やめてください。」
「……へぇ。じゃあ逆に、あなたの許可が降りたら遠慮なく落としにかかっていいんですね?」
……どうしてこっちも挑戦的なんだろう。
「宣戦布告ね。私の目は厳しいわよ。」
勝手に盛り上がるふたりにふつふつと怒りがこみ上げる。
…人の気も知らないで。私は誰にも近づいて欲しくないのに。
「………帰ります。」
そう言って踵を返し、『待って』と声をかける専務に気づかないふりをして、私はひとりマンションに帰った。