君と春を
春を想う
届けられた思い
出張でやってきたミラノ。ここはフィレンツェのような観光都市ではなく、経済都市といった方がいい。
日本で言うところの銀座の雰囲気があり、高級ブランドショップやブティックも建ち並ぶ。
今回の私の仕事は専務の通訳とパソコンでの雑務。
専務が営業に同行した目的は視察が主で、一緒に来た他の数名と行動をともにしたのは初日と2日目だけだった。
3日目は朝からお互いホテルの部屋で雑務をこなす。
帰国後の仕事をスムーズに進めるためだ。
ーコンコンー
昼前に訪れたのは専務だった。
「今、時間空いてる?」
和かに問う専務は細身のチノパンに黒の無地カットソー、ジャケットでいつもよりラフだ。長身と端正な顔立ちも手伝い、思わずドキッとしてしまう。
「あ…雑務だけなのでもうすぐ終わりますよ。何かありましたか?」
「そっか。じゃぁ、終わったら声かけて?ちょっと出かけたい。スーツじゃなくてもいいから。」
それだけ言い残して部屋へ戻ってしまった。
…どこ行きたいんだろ。観光?食事?
早々に仕事を片付け、支度をする。
ボルドーのハイネックワンピはフレアの膝丈でウエストに太めのベルトを巻いている。カジュアルすぎず、かしこまりすぎず、仕事用のヒールでも何とか合わせられるデザインで、仕事以外の外出が万が一あった時にと今回用意して来たものだ。
その上にベージュのジャケットを羽織り、専務の部屋へ行く。
ーコンコンー
「お待たせしました。冬瀬です。」
「あぁ。」
かちゃりと開いたドア。
迎えてくれた専務は…………あれ?
耳が赤く見えるのは気のせいだろうか。
「…あぁ、行こうか。」
そう言って私の前を歩き、さっさとエレベーターに乗ってしまった。
フロントにキーを預け、外に出る。
まだ午前中ともあり、ビジネスマンも行き交う街にはどこか凛とした活気がある。
「どちらに行きたいんですか?何か希望が?」
そう聞くと専務は私に向き直って微笑む。
「君は?折角だし、君の見たいものが見たい。」
「………………」
そうくるとは思ってもみなかった。
だいたい私はイタリアはフィレンツェしかこない。
「…私、イタリアはフィレンツェしか来たことないですよ?しかも観光目的で来たことは一度もないですし。」
「そうなの?じゃぁとりあえずフィレンツェ行こうか。ここから結構かかる?」
「えっと…確か2時間はかからなかったような…?」
「決まり。駅はどこ?」