君と春を



本を探そうと言ってくれた専務に『迷惑はかけたくないから嫌だ』と断る私。

はたから見るとカップルの痴話喧嘩にでも見えるのだろう。クスクスと笑う声や『仲良くしなよー』なんて声がかかる。

イタリア語のスキルがない専務はそんなことお構いなしだけれど…、

結局状況の恥ずかしさに耐えられなかった私が折れて、両親の出会った思い出の古書店へと向かって歩く。

店のそばまで来ると、いつもとは違う違和感を覚えてかけ寄った。


ーCLOSEDー


今まで一度だってこんな札出ていたことはない。扉もガッチリと鍵がかかり、カーテンで中の様子はわからない。

「ここ?閉まってるね。休みか…」

「そんなはずは…。ご主人は『ここは自分の居場所だから毎日必ずいる。店を開けないことはない』って言ってたんです。」

何かあったのだろうか。でも、それを知る術は私にはない。

諦めて帰るしか…

「……っ!」

突然手を引かれて驚いてしまう。

「おいで。聞いてみよう。」

そう言われて気づいた。

…そっか。聞けば何かわかるかも。

人と関わることを一切嫌う私には…なかった発想だ。

両隣の花屋と土産物屋に聞いてわかったことは、ここ一週間店が開いていないということだけだった。

いったい何が……

「行きつけの店とか友だちとか聞いたことない?」

「行きつけ………そうだ!バール!」

そうだ。あそこなら…!

ひとつ隣の通りのバールに急ぎ足で向かう。

閉店後にここでワインを飲みながら幼馴染のマスターとおしゃべりするのが好きだと教えてもらったことがある。

ーカランー

ランチを過ぎて人もまばらな店内。カウンターの向こうに立つ年配の男性を見つけてまくし立てるように問う。

「あの、向こうの通りの古書店のご主人ご存知ないですか!?」

突然のことに困惑している男性。

無理もない。日本人の女がいきなり怒鳴り込んで来たのだから。

黙って私を見つめていたその人はやがて眉を下げ、切なそうに涙を溜めてこう言った。

「………君は……ミツキだね?」



< 85 / 222 >

この作品をシェア

pagetop