君と春を
本を探そうと言ってくれた専務に『迷惑はかけたくないから嫌だ』と断る私。
はたから見るとカップルの痴話喧嘩にでも見えるのだろう。クスクスと笑う声や『仲良くしなよー』なんて声がかかる。
イタリア語のスキルがない専務はそんなことお構いなしだけれど…、
結局状況の恥ずかしさに耐えられなかった私が折れて、両親の出会った思い出の古書店へと向かって歩く。
店のそばまで来ると、いつもとは違う違和感を覚えてかけ寄った。
ーCLOSEDー
今まで一度だってこんな札出ていたことはない。扉もガッチリと鍵がかかり、カーテンで中の様子はわからない。
「ここ?閉まってるね。休みか…」
「そんなはずは…。ご主人は『ここは自分の居場所だから毎日必ずいる。店を開けないことはない』って言ってたんです。」
何かあったのだろうか。でも、それを知る術は私にはない。
諦めて帰るしか…
「……っ!」
突然手を引かれて驚いてしまう。
「おいで。聞いてみよう。」
そう言われて気づいた。
…そっか。聞けば何かわかるかも。
人と関わることを一切嫌う私には…なかった発想だ。
両隣の花屋と土産物屋に聞いてわかったことは、ここ一週間店が開いていないということだけだった。
いったい何が……
「行きつけの店とか友だちとか聞いたことない?」
「行きつけ………そうだ!バール!」
そうだ。あそこなら…!
ひとつ隣の通りのバールに急ぎ足で向かう。
閉店後にここでワインを飲みながら幼馴染のマスターとおしゃべりするのが好きだと教えてもらったことがある。
ーカランー
ランチを過ぎて人もまばらな店内。カウンターの向こうに立つ年配の男性を見つけてまくし立てるように問う。
「あの、向こうの通りの古書店のご主人ご存知ないですか!?」
突然のことに困惑している男性。
無理もない。日本人の女がいきなり怒鳴り込んで来たのだから。
黙って私を見つめていたその人はやがて眉を下げ、切なそうに涙を溜めてこう言った。
「………君は……ミツキだね?」