君と春を
… まさかこんな展開になるとは思わなかった。
料理道具はほとんどないし調味料も揃ってないという彼の部屋で料理するなんてできっこない。
結局スーパーで買い物をした後私の部屋に来た。
「美月の部屋って感じ。」
殺風景な狭い1LDKは女らしいとは言い難いくらい飾るものは何も置いていない。
ソファにローテーブル、本棚。対面のキッチンカウンターにはハイチェアが一脚。
それと………簡単な仏壇がチェストの上に置いてあるだけ。
「………私はそれでいいんです。できるまでちょっと待っててくださいね。」
そう言ってジャケットを脱ぎ、エプロンをつけてキッチンに立つ。
「……テレビも置かないんだな。」
「あ…、すみません。苦手なんです。聞きたくないこととか見たくないものとか勝手に流れていて、私には重すぎるので……」
「…なるほど。」
対面するように座ると、私の手元をじっと見ながら呟くように話す。
「なぁ。仏壇に…手を合わせてもいいか?お前の家族に挨拶したい。」
「あ………はい。」
「ありがと。」
囁くようにそう言って微笑むと、専務は並んだ遺影をじっと見つめ…ジャスミンの香りのお線香をあげて手を合わせてくれた。
「男の子は弟か?」
対面に戻るとそう切り出した。
彼からは少し、ジャスミンの香りがする。
「はい。斗真です。シスコン気味で男の子にしては珍しく、いつもべったりでした。
…甘やかしたのは私なんですけどね。
私の作るクッキーが大好きで…
サッカー頑張ったとか、テストの結果が良かったとか何かにつけてよくお願いされてました。」
「……そっか。」
「家族があんな風になった理由を……ホントはちゃんとお話したいんですけど……。
もうちょっと、待って下さい。
誰かに話せるほど、まだ過去にしきれてなくて。今はそれしか…言えないです。」
それが、今の精一杯の気持ちだった。
そしてそんな私を専務は、優しく笑って受け入れてくれた。
「美月の心の準備ができて言いたくなったらそうすればいい。
俺はどんな美月も好きだし、支えるからいつでも何でもいいよ。」