ヒカリ

orionbeer

バイトを始めて一週間が過ぎた。

初めてのバイトは、毎日が忙しく、和菓子の種類は豊富で覚えるのも大変だったけど、とても楽しかった。

なりより、朝起きて、夜眠る。
そんな当たり前の生活がなんだか新鮮だった。

上生菓子が並ぶショーケースを拭きながら、店頭に目をやると、泉水が手を振っているのに気付いた。

泉水はたまにこうしてお店の前を通る。

どら焼きを一個、買ってくれることもあるし、お店の外から私に両手をぶんぶん振って、そのまま帰る日もある。


「泉水くんやったっけ?かわいいなぁ。あの子。」

小さく手を振り返していると、背後から声がした。

「あ、お疲れ様です。」

そこにいたのは、私の面接をしてくれた千香(ちか)さんだった。

『菓匠あさの』の和菓子職人で、去年まで京都の老舗和菓子屋で10年間働いていたらしい。

さっぱりとしたショートカットで、豪快に笑うけど、実はとても美人だったりする。


「いいなぁ、あんなイケメンな彼氏がおってさー。」

「やめてくださいよ。あれ、友だちです。」

「へぇ。友だちねぇ…。」

千香さんはマスク越しでも分かるくらい、ニヤニヤとしている。

千香さんはいつもこんな感じだ。

「どう?仕事の方は?」

「だいぶ、慣れてきました。…たぶん。」

「ふーん。じゃあ、この名前は?」

千香さんが指差したショーケースの中の和菓子をのぞきこむ。

「雪笹です。」

「せーかい、じゃこれは?」

「冬景色です。」

「やるな。じゃ、これとこれとこれ。」

「雪割草と寒紅梅と残雪です。」


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