さちこのどんぐり
そっとブランケットを奈津美にかけようとしたとき、彼女が目を覚ました。

「あ!かーたん、ごめーん、寝ちゃってた」

黙って自分を見つめている大森に奈津美は

「お疲れ様。大変だったね。お腹空いてるでしょ。いまハンバーグ焼くね」

そう言って、ソファから立ち上がった。

「今夜は、もう時間も遅いから、それ冷凍しておいて、今度食べようよ」

「えー!お腹空いてない?がんばって準備したのに・・・」

少し残念そうな顔で、そう言う奈津美に、思わず

「奈津美ちゃんが大丈夫なら焼いてもらおうかな」
大森はそう答えた。

「やったぁ!そう来なくっちゃ!」

鼻歌混じりでキッチンに立つ奈津美はハンバーグを焼き始めた。
そんな奈津美を見て
大森は彼が恐れていた昨夜の電話の話題は出てきそうにないなと思って、ほっとした。

しばらくして

「かーたん!できたよ」

テーブルの上には美味しそうな、バカでかいハンバーグとサラダ。

「さぁ!食べて!食べて!」

嬉しそうに話す奈津美に促されて、大森はテーブルにつきハンバーグを食べた。

「ねぇ、どう?美味しい?」

そう奈津美に聞かれて

「ああ、めちゃめちゃ美味いよ!」

大森がそう答えると、
なぜか奈津美は少し眉を曇らせながら、それでもにっこり笑って、

「あたし、かーたんに無理させちゃってるんかなぁ・・・」

「え?」

なんとなく、今日の奈津美の様子がいつもと違うと感じていた大森は
奈津美の次の言葉に少し緊張した。

「そういうとこ・・・かーたんらしいね」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

思わず、大森の手が止まった。

「どうしたの?かーたん。」

「・・・いや・・・なんでもない・・・それより、俺らしいって?」

少し動揺してしまった大森をテーブル越しに見つめる奈津美の目からは涙が流れていた。

「な・・・奈津美ちゃん・・・」

「かーたん・・・
本当は、あまり食べたくなかったんでしょう?かーたん優しいから・・・」
涙目で奈津美はそう言った。

「だから、かーたんらしいなって思ったの」

「いや・・・別に、そういうわけじゃ・・・」

「いいよ、無理しないで。
最近ときどき、かーたんがイライラしてるのを、あたし気づいてた。」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「昨夜は本当にごめんね。
あたしね、かーたんが一人になりたくなる時があること、わかってた」

「・・・・・・・・・・・・・・・」
大森はそれに否定することもなく、黙って奈津美の話を聞いていた。

「だから、かーたんが一人の時間持てるように、
ときどきは職場の飲み会があるとか、大学のイベントだとか・・・
本当は毎日かーたんのところに来たかったけど、
ずっと、かーたんと一緒にいたかったけど、嘘ついてたんだよ」
奈津美の声は涙声になっていた。

「だって・・・かーたんに嫌われたくなかったから・・・
かーたんのこと理解して、
あたしが、かーたんにしてあげられること一生懸命考えて・・・
これでも・・・いっぱい、いっぱい、がんばったんだ・・・」

「奈津美ちゃん・・・」

「かーたん、ごめんね。あたしまだ子供だから・・・
かーたんが変なキャラクターグッズやぬいぐるみとかをこの部屋に置かれるのが嫌なんだろなってことも、わかってた。
でも、かーたんが一人になりたいとき、あたしは我慢するかわりに一人でいるかーたんに少しでもあたしのこと思い出してほしかったんだ。幼稚だよね。本当にごめんね」

何も言えずにいる大森に、涙を手で拭いながら奈津美は

「あたし行くね。かーたん優しいね。ありがとう」

「奈津美ちゃん!」

大森の呼びかけに答えることなく、奈津美は部屋を出て行った。

1人残り、静かな部屋のなかで、大森は胸の奥で爆発しそうな「何か」を感じ取っていた。

しかし、そのときの大森は、それが何なのか分かっていなかった。



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