さちこのどんぐり
大森は坂崎との電話をきると部屋を飛び出した。
呼んだエレベータが上ってくるのを待っている間ももどかしい。

そうだ。簡単なことだったんだ。
1人の時間や、落ち着いた部屋の雰囲気や、自由や気楽さなんて
俺が勝手に大事だって勘違いしていた。

電話で睡眠不足になったこと、ストレスを感じてイライラしてしまったこと

そんなもの、大したことではなかった。

大森は、奈津美と別れたあの夜、胸の奥で感じた爆発しそうな感情の正体が分かった。

「奈津美が好きだ」

エレベータを降りた大森は奈津美の部屋に向かおうと考えていた。
時間は遅い。大の大人のやることじゃない。
でも、とても次の日までは待っていられなかった。

もう手遅れかもしれない
いまさら、奈津美のところへ行ったって、冷たくあしらわれるだけかもしれない。

でも、それでもいい。
いつまでも、こんなふうにモヤモヤしながら、ふさぎ込んで、悩んでいるより。

マンションを出た大森は奈津美の部屋の方向へ向かおうとした。
そのとき

大森のマンションの前の通りをはさんだ向こうでに奈津美が立っているのが大森の目に入った。

「奈津美ちゃん?」

「あ!かーたん!」

「奈津美ちゃん」
奈津美に歩み寄る大森に彼女は

「いまバイトの帰りなんだ。かーたんはコンビニ?」

「あ、いや、まあ・・・そんなとこかな・・・」

「なんか・・・何年も会ってなかったような気がするね・・・」
そう言う奈津美の目は少し寂しそうに潤んでいた。

「俺も、そんな気がするよ」

大森が答えてから、二人はなんとなく、気まずそうに黙りこんでしまったが、

「奈津美ちゃん」

大森はそう言って、沈黙を破った。

「奈津美ちゃん・・・俺は…」

「・・・・・・・・・」
初めて見る大森の態度に、奈津美は少し戸惑っていた。

「俺は奈津美ちゃんが好きだ。」

「え・・・!」

「やっと分かったんだ!俺は奈津美ちゃんと一緒にいたいんだって」

「かーたん・・・いいの?あたし、また我慢できなくなって、かーたんをイライラさせたりしちゃうかもしれないし、そうやって嫌われたりするのだけは嫌だから・・・」

「我慢させりゃいい!もし俺がそれでイライラしたりしたら『イライラすんな!』って言えばいい!」

「…………」

「一人になれる時間だとか、落ち着いた部屋だとか…そんなもんより俺には奈津美ちゃんが必要なんだ。奈津美ちゃんが好きだから…それが離れてみて、やっとわかったんだ。それを伝えたくて…」

奈津美はただ黙って、大森を見つめながら聞いていた。

「本当のことを言うと、今から奈津美ちゃんのところへ行って、このことを伝えようと思っていたんだ。こんな時間に一人暮らしの女の子の部屋を尋ねるなんて非常識だってこともわかっている。でも…どうしても奈津美ちゃんに好きだって言いたかった。」

「かーたん・・・」

「頼むから、頼むから・・・俺のそばにいてくれ!」

「でも・・・」

何かを言いかけた奈津美を大森は抱きしめた。

「俺は・・・奈津美ちゃんがいてくれないと・・・困るんだ!」

大森の腕のなかで、奈津美は嬉しそうに、そして涙を手で拭って大森を見上げた。
久しぶりに近くに見る大森の顔は、愛おしく、懐かしく奈津美には感じた。


「かーたん・・・大好き・・・」

大森と奈津美はそのまま唇を重ねた。

深夜の路上で、抱き合う二人。

幸い、時間が遅くて、そこを通る通行人はいなかった。




わずかな沈黙のあと、大森が奈津美に尋ねた。


「奈津美ちゃんは、これから俺とどうしたい?」

そう尋ねる大森に奈津美は

「ずっと、一緒にいたい・・・それでね、いつかは結婚するの」


「結婚」
これまで大森が付き合ってきた女性とは必ずケンカになったキーワードだ。



大森はより強く奈津美を抱きしめて言った。



「じゃあ、そうしよう!俺もそうしたい!」


抱きしめる大森の背中に両腕を回して、奈津美は幸せそうに微笑んだ。
そして

「かーたん、いまのプロポーズ?」

「そうなるかな?」

「うれしいけど・・・それだけ?」

「それだけじゃないけど・・・その・・・なんていうか・・・」

大森が困っていると

「ふふふ・・・」
奈津美はいたずらっぽく笑って





「かーたんらしいね」
   (`▽´)




空には、たくさんの星と、そして、
まんまるの月が明るく二人を照らしていた。












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