さちこのどんぐり
~このひとの彼女になりたい
11月も残りわずかとなり、季節はすっかり冬。
もう少ししたら、街中イルミネーションに彩られるだろう。
奈津美は相変わらず、学校とアルバイトの変わりない暮らしをしていた。
劇的に良いことが起きると期待し、想像していた「東京での一人暮らし」
だが現実は彼女のそんな期待どおり上手くはいっていない。
「はぁ…」
ファミレスでのアルバイトに向かう電車のなかで、彼女はぼんやりと考えていた。
大学に進学してから、おしゃれなどに気を遣うようになった
いわゆる「大学デビュー」な奈津美だったが、これまで全く異性に興味がなかったわけではない。
彼女が記憶している「初めての恋」は、彼女の祖母が亡くなったときに両親と姫路市に行ったときだった。
奈津美の祖母が亡くなったのは、10年ほど前、彼女はまだ小学生だった。
初めて触れた「ひとの最期」は幼かった奈津美に大きなショックを与えた。
その帰り、JRで大阪方面へ向かう電車に乗っていたときである。
奈津美と両親が乗っている車輛に奇妙な2人連れが乗り込んできた。
一人は小学生で奈津美と同じくらいか、少し年下の男の子。
一方は20代後半くらいの会社員風の男の人。
「親子…は、ちょっとありえない感じだし、年の離れた兄弟かな?」
といった2人だったが、そんな2人が奈津美の目に奇妙に映った理由とは
その会社員風の男の人が、男の子に寄り添いながら、電車の窓の外を向いて泣いていたからだった。
電車に一緒に乗ってきた2人は車内では、さほど会話することもなく、
男の子は車輛の壁によしかかるようにして立ち、
会社員の男は、その男の子を庇うような形で壁の反対側に男の子を挟んで立ち、
そのまま景色が移る窓から外を眺めて、泣いていた。
幼かった奈津美には大人の男が、電車のなかで泣いている。
それも、鼻水まで垂らしながら大泣きしていることが不思議で奇妙で…
でも、その涙に何か優しくて、切なくて、暖かいものを感じたとき
奈津美は、その会社員から目が離せなくなっていた。
電車の窓の外を見つめる目から大粒の涙を流すその男を奈津美はずっと見ていた。
しばらくして彼は、その男の子に2~3言、声をかけると男の子を残して途中の駅で一人降りて行った。
その会社員がどんな顔をしていたのか、奈津美はもう覚えていないし、そのとき彼がなぜ泣いていたのかも分からないままだが、
なんとなくカッコよく見えた大人の男性の涙が美しく、優しく感じて、
幼かった奈津美に惹かれる「何か」があったことだけ今でも覚えている。
その日から、しばらく彼女は、その男のことがずっと頭の中から離れず、
その容姿は頭の中でどんどん美化されていった。
奈津美は、ほんのわずかな時間、遭遇したその男性に「恋」をしたのだった。
やがて、電車は彼女のアルバイト先の最寄駅に着いた。駅前の商業ビルに備え付けられたオーロラビジョンでは、ニュースキャスターが神妙な面持ちで児童虐待死の事件を伝えている。
それによると奈津美が住む町から比較的近くで起こった事件のようで、わずか8才の幼い男の子が寒いベランダで亡くなっていたというものだった。
「こういうニュース…いやだなぁ…」
それから5分ほど騒がしい雑踏のなかを歩き、いつものようにファミレス店に入った。
彼女がタイムカードを押して、フロアに出て、しばらくしてからのことである。
西日がブラインドの隙間から差し込むレジ脇にいた奈津美は
フロア係を呼んでいることを知らせる厨房内のランプが点いたので
そのテーブルに行った。
しかし、
そこで、奈津美は
40代くらいの女性客二人からのクレームに捕まってしまった。
クレームの内容は、頼んだ料理の内容が思っていたものと違っていたという
明らかな「言いがかり」だ。
しかし、奈津美は、この強烈な中年女性二人にどう答えていいか困惑していた。
「も…申し訳ありません…」
「謝らなくていいから、その分、代金まけなさいよ!」
アルバイトの奈津美にそんな裁量はあるはずもなく、
返事に困っていると…
もう少ししたら、街中イルミネーションに彩られるだろう。
奈津美は相変わらず、学校とアルバイトの変わりない暮らしをしていた。
劇的に良いことが起きると期待し、想像していた「東京での一人暮らし」
だが現実は彼女のそんな期待どおり上手くはいっていない。
「はぁ…」
ファミレスでのアルバイトに向かう電車のなかで、彼女はぼんやりと考えていた。
大学に進学してから、おしゃれなどに気を遣うようになった
いわゆる「大学デビュー」な奈津美だったが、これまで全く異性に興味がなかったわけではない。
彼女が記憶している「初めての恋」は、彼女の祖母が亡くなったときに両親と姫路市に行ったときだった。
奈津美の祖母が亡くなったのは、10年ほど前、彼女はまだ小学生だった。
初めて触れた「ひとの最期」は幼かった奈津美に大きなショックを与えた。
その帰り、JRで大阪方面へ向かう電車に乗っていたときである。
奈津美と両親が乗っている車輛に奇妙な2人連れが乗り込んできた。
一人は小学生で奈津美と同じくらいか、少し年下の男の子。
一方は20代後半くらいの会社員風の男の人。
「親子…は、ちょっとありえない感じだし、年の離れた兄弟かな?」
といった2人だったが、そんな2人が奈津美の目に奇妙に映った理由とは
その会社員風の男の人が、男の子に寄り添いながら、電車の窓の外を向いて泣いていたからだった。
電車に一緒に乗ってきた2人は車内では、さほど会話することもなく、
男の子は車輛の壁によしかかるようにして立ち、
会社員の男は、その男の子を庇うような形で壁の反対側に男の子を挟んで立ち、
そのまま景色が移る窓から外を眺めて、泣いていた。
幼かった奈津美には大人の男が、電車のなかで泣いている。
それも、鼻水まで垂らしながら大泣きしていることが不思議で奇妙で…
でも、その涙に何か優しくて、切なくて、暖かいものを感じたとき
奈津美は、その会社員から目が離せなくなっていた。
電車の窓の外を見つめる目から大粒の涙を流すその男を奈津美はずっと見ていた。
しばらくして彼は、その男の子に2~3言、声をかけると男の子を残して途中の駅で一人降りて行った。
その会社員がどんな顔をしていたのか、奈津美はもう覚えていないし、そのとき彼がなぜ泣いていたのかも分からないままだが、
なんとなくカッコよく見えた大人の男性の涙が美しく、優しく感じて、
幼かった奈津美に惹かれる「何か」があったことだけ今でも覚えている。
その日から、しばらく彼女は、その男のことがずっと頭の中から離れず、
その容姿は頭の中でどんどん美化されていった。
奈津美は、ほんのわずかな時間、遭遇したその男性に「恋」をしたのだった。
やがて、電車は彼女のアルバイト先の最寄駅に着いた。駅前の商業ビルに備え付けられたオーロラビジョンでは、ニュースキャスターが神妙な面持ちで児童虐待死の事件を伝えている。
それによると奈津美が住む町から比較的近くで起こった事件のようで、わずか8才の幼い男の子が寒いベランダで亡くなっていたというものだった。
「こういうニュース…いやだなぁ…」
それから5分ほど騒がしい雑踏のなかを歩き、いつものようにファミレス店に入った。
彼女がタイムカードを押して、フロアに出て、しばらくしてからのことである。
西日がブラインドの隙間から差し込むレジ脇にいた奈津美は
フロア係を呼んでいることを知らせる厨房内のランプが点いたので
そのテーブルに行った。
しかし、
そこで、奈津美は
40代くらいの女性客二人からのクレームに捕まってしまった。
クレームの内容は、頼んだ料理の内容が思っていたものと違っていたという
明らかな「言いがかり」だ。
しかし、奈津美は、この強烈な中年女性二人にどう答えていいか困惑していた。
「も…申し訳ありません…」
「謝らなくていいから、その分、代金まけなさいよ!」
アルバイトの奈津美にそんな裁量はあるはずもなく、
返事に困っていると…