さちこのどんぐり
「でもね、翌朝には嘘のように、高熱が下がってて、
その同じ朝に、老衰だった犬が死んじゃってたってことがあったんだ。
その犬が最後の命で俺を助けてくれたって、
そんな、よくある感動話みたいな訳ないだろうし、俺はそういうふうに考えたり、
そういうのを信じてるタイプの人間じゃないんだけど…」
小野寺はそこで、少し話を止めた。
そして視線を入口のほうへ移してから
「寒い冬の日に、そのバイトで犬を散歩につれて行ってたとき、
俺はできれば早く散歩済ませて帰りたかったから
リードを引っ張って、帰り道の方向に行こうとしたんだ。
でも、そうすると犬が短い前足で「ヤダ」て踏ん張って…
『ボクはもっともっと散歩したいのに…』って
そんな目で俺を見ていた犬の顔が今でも忘れられないんだ。」
そのとき奈津美は胸がキュンってなるのを感じて「え!」って思った。