さちこのどんぐり
エベレスト山頂を目指しながら、

そんな妻のことを思い出していた山下には
これまで、ずっと後悔していたことがあった。



「俺は馬鹿だった…大切な大切なお前達を
もっと大事しなきゃいけなかったのに…

登山家として名声も得た。
生活も充実していた。でも…」



山下の息子が14才で交通事故に遭い、亡くなってしまったことを知ったのも
やはり彼が、この山にいたときだった。

山下は…泣くことしかできず、
そのとき、つらく寂しい思いをしてた初美に何もしてやれなかった。

その日から山下は妻と息子に対して、
ずっと後悔と懺悔を繰り返してきたのだった。




そして、そんな初美も昨年、他界した。

山下が病床の妻を見舞いに行ったとき
弱々しい声で彼女は彼に、こう言った。

「あたしはね…
あなたが山に行ってる間、
ずっとずっと…
心配で心配でたまらなかった…

だから…いま変な気分…

初めてあなたがあたしを心配してる…」




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