さちこのどんぐり
会社に入ったばかりだった大森が、
当時、この「親父さん」の修理工場を担当していた頃は
毎日が緊張の連続だった。

「今度、こちらを担当させていただくことになった大森です。
新人で未熟ですが宜しくお願いいたします」

そんな彼が初めて、この「親父さん」に挨拶に行ったときだった。



「ああ!保険屋さん忙しいか?」

「はい!あっ…いいえ…大丈夫です…」

「会社は儲かってるか?」

「はい…いや!ええと…」

「…………」


見るからに恐そうな社長に緊張して、しどろもどろだった大森に
「親父さん」は
事務所の奥から、入口の大森のほうへ移動してくれて、
大森の名刺を受け取りながら、こう言った。

「いいかい大森さん
そういうときは『お陰様で忙しくさせてもらってます』とか『お陰様で儲かってます』って言うんだよ」

「はい?」

「これから人生いろんな事あるけど
良い事は全て『お陰様』なんだよ」

「はい…」


2年間の担当期間中、この「親父さん」には本当に世話になったと
大森は心から思っていた。

仕事でこの会社を訪れるたびに

「大森さんは一人もんだから野菜なんか食べてないんだろ!
かあちゃんに煮物作らせたから持ってきな!」

「大森さん!スイカあるから食べてきなさい。」


すごいひとなのに、
大学出たばかりの若造だった大森を「大森君」ではなく、いつも「大森さん」と呼んでくれた。


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