さちこのどんぐり
やや肌寒く感じられる季節であったが、暖かい日差しに包まれて
吉田は妻の座る車いすを押して
緑に包まれた広いホスピスの敷地内を二人で散歩していた。
小柄だった舞子は病気のため、さらに痩せてしまったが
元々、童顔だったことや、髪も艶やかで綺麗だったことに加えて、最近は脳の障害の影響で「少女」のような表情をする。
ここ数日、舞子は体調も良く、
ここの敷地内に面した湖のほとりで過ごすのが二人の日課となっていた。
舗装された遊歩道から少しだけ外れて芝生の上を進むと
土の抵抗で吉田が押す車椅子が重くなった。
すこし離れたところに白いネコが吉田たちと同じく
のんびり散歩しているのが見える。
ほとんど眠ったような表情で舞子は
「吉田さん…ネコがいるよ…かわいい」
「本当だ。こっちに来るといいね」
「うん…今日は気持ちいいねえ…」
「そうだね…」
「学校さぼりたいな…」
今日は学生のころに戻っているらしい
「こんな日は学校も休みになるよ」
吉田は妻に合わせてそう答えた。
水面はやわらかに
やさしく光をたたえ
周囲の緑を映している。
やや冷たい空気のなかで日差しは暖かく、
穏やかに、ときおり吹く風が二人には心地よかった。
「吉田さんはいつもやさしいね」
「そうかい?…」
「うん…吉田さんはやさしいよぉ」
「…………」