彼岸の杜
知識だけなら一応ある。昔は食糧不足、飢饉や流行病は神様の怒りだなんだって考えられていてそれらが蔓延したときに人を神の供物として捧げて怒りを鎮めてもらうって。
でも現代社会においては神様なんてはっきり言って想像上の存在だし心から信仰している人の方が少ないと思う。特に日本じゃ神様は八百万にいるんだもん。
それに科学技術が発達してついでに貿易やらなんやらで食糧がなくなることなんて日本では考えられない。
つまり生贄やら人柱やらそんなことは考え付かないしやろうとも思わない。そんなのは殺人と同じだ。
でもこの時代の常識はあたしがいたところの常識とは違う。ここではまだ、人の命を礎(いしずえ)にして生きることが当たり前に考えられるんだ。
呆然としながら改めて突きつけられた現実に立ち竦む。こんなに簡単に、茜の命を奪おうとするなんて…それがここの常識だとしてもあたしには受け入れられない。
「そ、だ……あかねは、」
このことを知っているの?
はじかれたように今来た道を引き返す。かろうじて頭巾は被っていたけどそれ以外は乱れてすれ違う人に変な目で見られたけど気にならなかった。
それより頭の中は茜のことばかりでいっそ吐きそうなぐらいぐるぐるしていた。