彼岸の杜



もしあたしが茜の立場だったら?


今こんな風に幸せそうに笑えていた?今こんな風に誰かのために自分のつらかった過去を話すことができた?今こんな風に誰かに無償で優しくできた?


……あたしには無理だ。きっとみんなを恨むだろうし憎むだろうし、笑うことなんてできない。



「茜……」


「朱里…?」



不思議そうな声であたしを呼んだ茜が驚いたようにその宝石のような緋色の瞳を丸くする。そりゃ驚くよね。でも、あたしも驚いてる。



「茜は、強いね……っ」



ボロボロとみっともなく涙をこぼしてるのに笑ってるんだもん。涙の意味も笑ってる意味もわかんない。なんだろこれ。わからないけど止まらないや。



「茜はっ、やさしいね…っ、」


「…朱里も、優しいわ」



顔を伏せて嗚咽を噛み殺しながら伝えた言葉は震えていた。こぼれる雫を拭いながら落とされた声にあたしはふるふると首を横に振る。


下を向いていたから茜がどんな顔をしていたかはわからなかったけど、その声は慈愛に満ちた柔くてあたたかくて、涙が出るくらい優しい声だった。



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