彼岸の杜
「茜っ」
伝えたいことがたくさんあるのに会えたことにいっぱいいっぱいで言葉がつまる。
「朱里……」
「はっ、は…げほっ、はぁ…っ」
いや、うん。そういう意味もあるけど走ったおかげで息が整わずにぜいぜいと呼吸を繰り返す。時折むせると優しい手のひらが背中をさすってくれた。
その体温が優しくて柔らかくてあたたかくて、もう一度触れられたことが奇跡みたいに感じて嬉しくてまたぼろぼろ涙があふれる。そっと背中を擦っていた手があたしの頬に触れる。
「あ、かね……」
「顔に傷なんてつけて……痕が残ったらどうするつもりなの?」
ヒリヒリするとは思っていたけどやっぱり切れていたのか。言われたからなのか一安心したからなのか頬だけじゃなくて他の傷も痛んできたような気がする。
仕方のない子供を見るような困った笑みを浮かべて頬を撫でてくる茜の優しさがつらい。
「あた、あたしのことなんて、今はいいんだよっ」
そうだよ、今はあたしに構ってる暇なんかない。確かに今のあたしはぼろぼろかもだけどこれからの茜のことを考えたら屁でもないよ。
茜も自分のこれからのこと、わかっているはずなのにどうしてあたしの心配なんかするの……こんなときぐらい自分のことを考えてほしいっていうのはあたしの我が儘なのかな。
「あら、そういうわけにはいかないわ」
そっと頬に白い布が優しく触れる。ふわりと茜が纏うはんなりと甘い匂いが香った。
「だって朱里は私にとって、初めてのお友達だもの。大切よ、朱里が。生きていてこんなに大事だと思ったのは3人目ね」