強引社長の甘い罠
 その昔、何度も彼の目に晒され、触れられたことがあるこの体。彼の指が、唇が、私の体に触れるたび、私は歓喜に沸いた。私の思考は一瞬で六年前にタイムスリップしていた。頬が熱くなっていくのが分かる。嫌だ。なぜ今このとき、この場所で、私はそんなことを思い出すの?

「どうしたの?」

 診察を終えた医師が、クスリと笑った。
 どうやら私は横たわったまま、フルフルと頭を左右に振っていたらしい。私の顔を覗き込み、おかしそうに目尻を下げている。

「……いえ、何でもないです」

 私はさっきとは別の、子どもっぽい恥ずかしさを感じて目を伏せた。

「じゃあ、抗生物質と胃薬、鎮痛剤を出しておくから、後で祥吾に取りに行ってもらうといいよ」

 医師が当たり前のように、サラリと言った。

「え……?」

 私が伏せていた目をパッチリ開いて見上げると、医師は「ん?」とにこやかな笑顔のまま眉を上げる。そしてすぐに「あれ?」とでもいうように、祥吾を見た。
 ずっと石のように動かず立っていた祥吾が、組んでいた腕をほどくとこちらにやって来る。

「ありがとう、助かったよ」

 そう言った彼の言葉は、当然、私に向けられたものではなかった。

「どういたしまして」

 祥吾を見て意味ありげに微笑んだ医師が立ち上がり、祥吾の肩をポン、と軽く叩くと部屋を出て行こうとする。待機していた看護師が、名残惜しそうな表情でチラリと祥吾を見上げたあと、医師に続いた。

「お大事にね。唯ちゃん」

 その一言とドアが閉まる静かな音がして、私と祥吾はまた二人きりになった。
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