強引社長の甘い罠
 人間、風邪を引くとこんなに弱くなるのかと、今さらながらに実感している。素直に言うことを聞いたりして、まるで私じゃないみたい。

 病院を出た私は、まだ真新しいマンションの一室にいた。二十畳ほどの寝室で、サンドベージュの壁に、床は濃い色のオーク材。落ち着いた紫にも見えるダークブラウンのカーテンは開け放たれ、何本もの色違いの紐をねじったような個性的なタッセルで留められている。レースカーテンは閉められているから、部屋全体が柔らかい明るさになっていた。

 そんな部屋の真ん中で、私はベッドに横たわり、額に冷却剤を当てられたところだ。掛けられている布団は、薄手の夏用のもので、カーテンと同色のカバーがかかっている。

 ついさっきまで寒くてガタガタ震えていたのに、熱が上がりきってしまったのか、今度は暑くて仕方がない。着ているTシャツも汗でぐっしょりと濡れ、気持ちが悪かった。

「起き上がれるか?」

 祥吾が、冷却剤から剥がしたフィルムをゴミ箱に捨てながら言った。

「うん」

 私が頷くと、右手を私の背中に差し入れる。マットレスに両手を付いて起き上がろうとする私を力強い腕で助けてくれた。
 彼が安心した笑みを浮かべる。からかうような口調で言った。

「すごい汗だな」

「うん……。なんか急に暑くなっちゃって。ベタベタして気持ち悪い」

「そりゃそうだろうな。ほら」

 そう言って祥吾は、スポーツドリンクのペットボトルの蓋をひねって取り外すと私に差し出した。

「ありがとう」

 お礼を言って受け取ると、私はそれを一気に半分ほど、ゴクゴクと飲んだ。大量の汗をかいたからか、すごく喉が渇いている。
 半分飲んだところで息をつくと、祥吾は再び私からペットボトルを受け取り蓋を閉め、ベッド脇のテーブルに置いた。
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