強引社長の甘い罠
「痛むのか?」

 ついさっきまで意地悪に私を追い詰めようとしていた祥吾が、心配そうな声を出した。彼はどうやら、元恋人の体を気遣う優しさは失っていないらしい。急にいい気分になってきた。
 私は祥吾にこれ以上心配させないように、そして迷惑をかけないように、にこりと笑った。

「平気。まだ少し頭が痛いけど、薬も飲んだし、熱も下がってきてるし、このまま大人しく休んでれば明日までには良くなると思う」

「そうか」

「うん。色々ありがとう」

 私がお礼を言うと彼は「どういたしまして」と微笑んだ。今日の祥吾は本当にどうかしてしまったみたい。優しい彼に惹かれずにいられる女の子なんて、この世にいる?
 私はベッドから足を下ろすと立ち上がった。汗はすっかり冷えてしまっている。せっかく回復しかけている体も、このままでいたら風邪をぶり返しかねない。
 私はテーブルの上の黒い布の塊をチラリと見た。

「これは貸してもらえるの?」

 彼を見上げて聞いた。

「もちろん。そのつもりで持ってきた。だけどそれに着替える前に体を拭いてやろうとしたら、君が嫌がった」

 祥吾が顔をしかめた。もしかして、私が拒んだことで傷付いたりなんて、していないわよね?
 私は自分の中にふと浮かんだその考えを嘲笑った。ありえない。私にも祥吾の高慢さがうつったみたい。

「当然でしょ。いくら風邪で弱ってても、私にも恥じらいくらいあります」

 祥吾を軽く睨みつけながらテーブルの上のTシャツとスウェットパンツを手に取った。そして微笑む。

「シャワー、借りてもいい?」

「ああ。でも、一人で大丈夫なのか?」

「うん。祥吾のおかげでだいぶ楽になったわ。頭と喉は痛いけど、今朝ほどでもないし」

 私が笑って見せると、祥吾の肩がほんの少し下がったのが分かった。彼も安心してくれた? 私の心が期待で膨れ上がっていくのが分かる。

 『彼もきっと唯のことが忘れられないんだと思うよ』
 聡と別れたとき、聡が私に言った言葉を思い出した。あれは冗談ではなかったかもしれないと、今なら勘違いをしてしまいそう。
< 106 / 295 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop