強引社長の甘い罠
 どう説明したらいいか分からず、私は一瞬躊躇した。まさか六年前に別れた恋人だなんて言えない。そもそも、良平は私がそのことで傷付いてボロボロだったことを知っているのだ。そんなことまで正直に話したっていいことはない。
 私は昔のことは伏せて説明することにした。

「今の人は、会社の社長なの」

『は? 社長? なんでそんな人が唯の面倒を見るんだよ?』

 良平の声が大きくなった。理解できない、といった感じだ。そして何か思いあたったのか慌てて付け加えた。

『まさかお前……、何かされてるんじゃないだろうな?』

「え? 何かって何?」

『いや、その……弱み握られてたりとか、ほら、よく言うじゃないか。セクハラ……とか?』

 良平の想像力が可笑しくて私は自分の体調のことも忘れて大笑いしそうになってしまった。やだもう。セクハラだなんて、あるわけないのに。

「違うわよ。よく分からないけど多分……」

 私は話しながら忙しなく考えを巡らせた。どうして私は今、祥吾の寝室にある彼のベッドに座っているの? 一社員の私を、社長である祥吾が病院へ連れていって、こうして自分のマンションに連れ帰って世話をするなんて不自然だ。そもそも、どうして祥吾は私のアパートにやって来たの? 私は小さな溜息をついた。今はまだ、色々考えたりしたくない。

「それは多分、私が今担当している仕事が関係しているんだと思う。今私がやってるのは社長が持ってきた仕事で、クライアントが社長の知り合いだから……」

『仕事、ねえ……』
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